憧れの職業にはなれなかった。だけど、少しだけ強くなれた

漠然としたイメージでは、パンツスーツが似合って、細身で、スマホ片手に商談しながらブラックコーヒーを飲み、パソコンを叩いているような。
それでいて20代でカッコイイ男性と結婚してタワマンに住んで、30代で二児の母になり、バリバリ働いているような。
そうして私は、デザイン系の職種に就いた。
憧れていた職業だった。
クライアントと打ち合わせをしてデザインを決める。
社内でも営業と話し合いながら、大きなものを創り上げていく。
ずっとやりたかった仕事だった。
2009年入社。
就職活動をしていた2007年(当時は3年生から就活が始まっていた)は売り手市場だった。
まぁまぁすんなり決まった就職先。だが、2008年の秋。社会の様子が変わった。
リーマン・ショック。
「どうなるんだろうね、不景気になるんだろうね」
呑気な学生だった私は、まだ不景気を実感していなかった。
「お給料減るのかな?」くらいの感覚でいた。バカだなぁ、と思う。
こうして呑気な学生は、憧れのデザイナー職に就き、先輩や上司に可愛がられながら、すくすくと成長し、夢だったデザインの賞を若齢ながら受賞し……
──するわけがなかった。
2009年冬。
入社して1年もしないうちに、マネージャーに呼び出された。
「ごめん、早期退職者が増えて……前野さん、事務やってくれへん?」
その場で、人目もはばからず号泣した。
夢がなくなった。もうおしまいだ。
今思えば、クビにならなかっただけマシだったのかもしれない。
けれど、当時の私は、目の前が真っ暗になった。事務職が向いていないからこそ、頑張ってきたのに。
異動初日。
「むかつくむかつくむかつく……むかつく……」
この先輩、ずっと“むかつく”って言ってる。
私の人生で言った「むかつく」の累計回数を、1時間で軽く超えている。
「この部署の人はみんな素晴らしいものを持っていて……〇〇さんは〜で、△△さんは〜で、3人で力を合わせていきたいです」
──あからさまに、私を抜かしたね?
「前野さんさ、4年も大学行ってるんだよね? 私、専門卒なんだけどさ、2年無駄遣いしたよね? 遊んでたんだもんね?」
「資格も持ってるんだよね? その資格取ったのも親の金よね?」
──初日で、同僚3人ともこんな人たち?!
見返したい!
そう思った。
だけど、デザイナー職からの異動は、事務職同士の異動よりも圧倒的に不利だった。
商品知識はゼロ。業務の流れもわからない。私はどんどん惨めになっていった。
沢山勉強した。
見返すどころか、勉強しなければ何一つ仕事にならなかったから。
部署の業務はもちろん、商品知識も、お客様とのコミュニケーションも、上司とのやりとりも、経理も、雑用も、全部。
デザイナー職に戻れるように、前の部署の先輩とのやりとりや勉強会にも参加した。
資格もさらに取った。
すごい仕事ではない。
かっこいい仕事でもない。
失敗もする。
だけど、自分でもわかるくらい、力がついてきた。
慣れと経験で、どんどん成長していった。
数年経ったある年の春。
仕事の振り分けが発表された。
──私が、部署の2/3の仕事をすることになっていた。
後輩も入ってこない。雑用も、いまだに私がやっているのに?!
「これだからB型は」
「一人っ子なんだよね? うちの姪っ子と一緒で気が利かなくて邪魔」
いつの間にか言われなくなっていたイヤミや悪口が、「部署のお荷物」になった途端、ぶり返した。しかも、私ではどうしようもない「血液型」や「生まれ育ち」をぐちぐちと。
半年後、普通に倒れた。
2025年。
気づいたら、仕事は辞めて、結婚して、一児の母になっていた。
絶賛イヤイヤ期の子どもをなだめ、洗濯物を干し、今度遊びに行く場所に子ども向けの施設があるかを電話で確認し、幼稚園の手続きを進める。
片付けをしながら、産後太りで疲れやすくなった体を引きずる。
ふと思う。
「それでも、20代の自分にはなかった度胸が、今はあるな……」
新卒だった頃の私は、キラキラ輝いている強い心を持った憧れの人が現れると思っていた。
その人が助けてくれて、ずっと憧れのまま私の手を引っ張ってくれて、私も気づいたらキラキラした世界に飛び込んでいけると。
──ちょっと違ったな。
泥だらけで、キラキラなんてどこにもなくても、それでも、自分が自分の力で強くなることはできる。
もちろん、今の私が「最強」なわけではない。世の中には、私より若くてもすごい人が溢れている。だから、大きなことは言えない。
でも。
私は、ただの平凡なOLだったけれど、少しだけ強くなれた。
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