雨はいつだって青春の邪魔をする。書道教室を包んだ静寂と墨の香り

普段は自転車通学のわたしも、雨の日だけは優雅に車で送迎してもらえる。くせ毛のわたしは、雨が嫌いだ。高校生になってからは髪をきれいにまとめるようになったけれど、雨の日はその髪も広がってしまって、どうしても“ビジュ”が気に入らない。そんな日は、何となくやる気も出ない。
放課後まで降り続く雨が、壁のない書道教室前の廊下に水たまりを作っている。どんなに雨が降っても、書道部の活動にはなんの影響もない。これこそが文化部の特権だろう。
いつも通り、部員たちは徐々に集まり始め、何気ない会話に花が咲く。先生に怒られたとか、席替えで誰の隣になったとか、そんな他愛もない話が飛び交う。メンバーが揃うと、合図があるわけでもなく、自然とみんな墨を擦り、筆を取り始める。書道に打ち込む時間は、自分と向き合える大切なひとときだ。
次第に教室は静寂に包まれていく。普段は運動部の掛け声が響くこの空間も、雨の日は廊下を走る陸上部の足音と、地面を打つ雨音だけが静かに届く。一段と暗くなった空が、教室の明るい照明を際立たせている。部員たちはそれぞれの作品に向き合い、真剣に筆を走らせる。静けさの中で、ふと「シーン」という音すら聞こえたような気がした。
湿気を含んだ空気は、わたしの髪だけでなく、書道で使う紙にも影響を与える。雨の日の書き心地は、いつもと少し違う。言葉にするのは難しいけれど、確かになにか違っている。
筆が進まなくて、手を止める。ふと周りを見渡すと黙々と筆を動かす仲間たちの後ろ姿があった。梅雨の時期、夏を前にした引退直前の部活動。残り少ないこの時間が、なんとも名残惜しくて、胸の奥をじんわり切なさが染めていく。
仲間入りしたばかりの新入生は、まだあどけなくて、どこかぎこちない。その姿に2年前の自分が重なって見える。あっという間だった日々を思い返しながら、ふと目が合った同級生にニコッと微笑みかけ、わたしは再び作品へと向き直る。
同級生と迎える3回目の5月。何度もぶつかったり、意見が合わなかったりしたけれど、それすらも今では懐かしくて、あたたかい思い出になっている。最近では心の中で「ありがとう」と思う瞬間が、少しずつ増えてきた。
私たちはそれぞれ違う道へ進んでいく。でも、きっといつか、ふとしたときに今日のことを思い出して、「懐かしいね」って笑い合える日が来るような気がしている。
今、筆を走らせながら思うのは「あの時こうしていたら」とか、「あの瞬間をもっと大切にしていたら」とか、そんな後悔ばかり。でも、だからこそ、今の一瞬を無駄にしたくない。感じたすべての想いを、この一筆に込めたい。そんな気持ちで、わたしは今日も筆を握る。今日は一段とうまく書けない。
雨は、いつだって青春の邪魔をする。
楽しみにしていた球技大会も、好きな人と行くはずだった花火大会も、どちらも雨で中止になった。「最悪だね」って、何度言ったかわからない。だけど、不意に心をくすぐるような、何気ない思い出や懐かしさを運んできてくれるのも、やっぱり雨だった。
雨の日の書道教室を包む張り詰めた静寂と、にじむ墨の香り。
それは、高校生だったわたしの、限りなく大切な青春の思い出。
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