「汗と青春」というと、思い出す光景は一つある。

空は青く、とても大きな入道雲が広がっている。まだ朝の6時なのにとても暑い。そこら中でセミが鳴いている。通り道には青々と成長している田んぼが広がり、風に揺れて緑の海のようである。

地面から照り返す日差しに目を細めながら、私は全力で自転車を漕いでいた。制服ににじむ汗など気にもせず、ただ目的地まで毎日自転車を走らせた。

物心ついた頃から私は水と一緒。幼い頃から水泳を習い水のとりこだった

私は朝が苦手だ。目覚ましが鳴っても眼が開かない。何度も鳴るアラームを繰り返し止め、母親が「遅刻するよ!」と下から叫ぶのが日課だった。

しかし「夏」、この季節だけは違った。アラームが鳴る前に目を覚ます。朝ごはんも食べず、母親が用意していたお弁当を抱え、家族を起こさないよう静かに家を出る。

毎日一番乗りで向かう場所は、高校の屋外プール。今日も着替える前にプールサイドを一周する。もう既に気温を高くしている太陽が、水面を照らしキラキラと、今日もプールは美しく夏を歓迎している。

物心ついた頃から私は水と一緒。溺れない程度にと、3歳から水泳スクールに通わせた両親の思惑とは別に、私は水のとりこだった。水に浮かぶ自分の体、水中から聞こえるプールで反すうする先生の声、誰かが泳ぐたびに飛ぶ水しぶき、下手な飛び込みをしたときの体中の痛み、全部大好きだった。

高校生になり水泳部に入った。私は大会に出場するという目標ができた

そんな水泳を中学生でやめた。友人に誘われた部活をしながら、物足りなさを感じていた。高校生になり「水泳部」と黒いマジックで書いた看板を抱える集団を見つけ、プールの見学に行ったとき、水の中で感じた高揚感が一気によみがえった。

「水泳やろうよ、好きなんでしょ」。先輩は言った。高校生になり、身なりが気になり始め、みんなは化粧を覚え、美白に勤しんだ。彼氏が欲しい、と学校内のイケメン情報を共有し、先輩の部活見学に明け暮れていた。

私はそれを横目に、今日もプールへ走る。誰よりも早く着替え、シャワーを浴び、プールに飛び込む。「きもちいいー!」と毎日一人で叫ぶ。太陽が私を照らしている。夏が近い。

プールの水温は30度を超えていた。水温を確認しながらコンディションを整える。みんなが来るまで水を感じる。隣のグラウンドからは、サッカー部の掛け声が聞こえ、野球部が球を打つ音が響く。反対側ではテニス部がラケットから爽快な音を鳴らしている。

そんな私には目標があった。九州大会に出場すること。1年生、先輩たちに付いてくのに必死だった。2年生、部長兼キャプテンに任命された。みんなをまとめるのに苦戦した。3年生、私が九州大会を狙えるのはここしかなかった。

毎日、マネージャーにタイムを記録してもらい、フォームを撮影し何度も確認した。スランプで、部員に嫌味を言われることもあり、衝突することもあった。

しかし、みんな「九州大会に行きたい」という目標だけは変わらなかった。大会まで毎日毎日、水泳のことを考えない日はなかった。

九州大会への切符を懸けた県大会。全員が可能性に胸を躍らせていた

県大会。会場に着き、大きく伸びをする。会場の空気は何度来ても慣れない。それでいて、どこか懐かしい感情が湧き上がってくる。室内に充満する塩素の香りを肺の奥まで入れるように吸い込む。この瞬間が大好きだ。

アッププールで泳ぎ、水温を確認する。沢山のアップをする選手が起こす波、まっすぐに泳げない。それでも流れに遅れないようについていく。

「あぁ、ついに来た」。ここで泳げる瞬間に歓喜した。

私たちの目標は、リレーでの九州大会出場。九州大会へは、出場のために定められたタイム以内であれば無条件で出場できた。エントリー時点では、私たちのタイムはあと3秒不足している。3秒といえば、ほぼ不可能に近い。

女子の100m×4自由形リレーは毎回、競技日程終盤。個人種目を泳ぎながら、アドレナリンが大量に放出され自分の体が高揚しているのを感じずにはいられなかった。個人種目でも自己ベストをどんどん更新していく。九州大会の可能性に全員が胸を躍らせていた。

ついにリレー。入場と同時に自分たちの名前が呼ばれる。緊張と高揚、今までの日々、すべての瞬間がよみがえる。すでに泣きそうになる私を仲間が笑う。応援席から私たちの名前が聞こえる。他の学校の生徒も自分の部員に声援を送っている。大きく鳴り響く音楽も相まって、会場のボルテージは最高に上がっていた。

最終組の8コース。「ピ、ピ、ピ、ピー」とホイッスルがなり、会場は静寂に包まれる。仲間がスタート台に足をかける。全ての人が固唾をのんで見守っている。「Take your Mark」のアナウンスで、さらに声を発する人はどこにもいなくなる。

「ピッ」の音で一斉に選手が飛び込む。各学校の応援が一斉に始まる。会場の音楽も次第に音量が大きくなる。

私は3泳者。2泳の仲間が折り返す。タイムは悪くないが、ほかの学校にはわずかに遅れを取っている。体中を叩き、アドレナリンを出す。もう自分のコースしか見えていない。

何度も確認した引継ぎ、スタートは悪くない。レース中は周りの音は何も聞こえない。隣のコースの選手を確認しながらグングンと進んでいく。壁をタッチし、アンカーが飛び込んだのを確認し、プールを出る。後は願うだけだ。タイムと仲間を交互に見つめる。

タッチした。行ったか……? 公式タイムをすぐさま確認する。0.27秒足りない。頬を伝っていたのは、プールの水か、汗か、涙か。4人でしばらく茫然とし、だれかのすすり泣く声を皮切りに全員で声を上げて泣いた。

私の青春は常に、あの夏のプールまでの道のりと、プールと共にある。