その日の飲み会で、私は「いじられキャラ」だった。卒業して社会人として働いている先輩と、お世話になっている大学の先生と、課外活動でお世話になった大人たちで、昨年度を振り返りながら中華料理を食べた。

在学生は私だけで、その場に呼んでもらえたことがとても嬉しかった。メイクをして、服も悩んで、1人だけ浮かないようにしようと頑張った。

電車の中でニュースを見返しておいたので、世間話にもついていけたと思う。話題は大学生活へと移り、飲み会は穏やかな雰囲気で始まった。でも、お酒が進むにつれて、雲行きが怪しくなっていった。

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先輩にお世話になったエピソードを話している時、私は心から思っていたことを口に出した。

「ずっと先輩の背中を追って頑張っていますけど、なかなか追いつけないです。もっともっと頑張ります」

それを聞いた先生は、恐らくウケ狙いでこう言った。

「とりあえずネイルから始めてみたら?」

私はその一言で動揺してしまい、周りの音が聞こえなくなってしまった。たぶん周りの人たちは笑っていたと思う。今思えば、そんなに気にすることでもなかったかもしれない。ただ、その時ネイルをしていなかった女性は私だけで、それがとても恥ずかしいことのように思えた。

私はとっさに、

「アルバイト先が身だしなみに厳しくて、ネイルできないんです」

と笑って言い訳をした。
そこでやっと、ぼやけていた周りの音がはっきりして、

「私もネイルするようになったのは社会人になってからだよ。意外とお金かかるしね」

という先輩のフォローが聞こえた。

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アルバイト先が身だしなみに厳しいのは事実で、働いている私自身も地味な格好で地味な仕事だと感じている。でも、私はその仕事に誇りをもっているし、好きだからそこで働いている。だから、自分の好きな仕事を、おしゃれをサボった理由にしてしまったことを、後になってとても後悔した。

そもそも、私はおしゃれに疎いと自覚している。お化粧もネイルもあまりしない。なるべく自然体でいたいと思っているからだ。高校生になった時、「その理由だけでメイクを避けていると将来苦しくなるよ」と友達に言われた。忠告を聞かなかった私は、その通りになってしまった。

「なんでメイクしないの?」と聞かれることが多くなって、うまく答えられないことに悩んだ時期もあった。そのことを大人に相談したら、こう返ってきた。

「みんな心のどこかに変身願望があるから、これからは女性がメイクをしない時代じゃなくて、男性がメイクをしてもいい時代になると思う。とりあえず下地を買っておいて損はないよ」

私はその答えに納得して、ポーチがいっぱいになるまで化粧品を買った。同い年の女の子がメイクをしている動画を何本か見て、それらしくメイクができるようになった。
メイクをしない理由を考えるよりも、メイクをするほうが簡単だった。

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あの飲み会の日に、私はなんと答えればよかったのかをずっと考えている。考えながら、薬局で薄いピンク色のネイルポリッシュを買って、考えながら、爪に均等に色を塗る練習をした。ジョークの受け流し方を考えるよりも、ネイルをするほうが簡単だった。

もう考えるのも疲れてしまったので、就職したら何も考えずにメイクをして出勤すると思う。ネイルも定期的に整えるようにする。でも、卒業するまでのあと1年は、メイクもネイルも気分次第で楽しむことを、どうか許してほしい。