「早く大人になりたい」
それが、私が小さい頃からずっと思っていたことだった。

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ランドセルを背負っていた小学生のころ。母親と一緒の部屋で毎日を過ごすたび、私は心の中でずっと願っていた。

「いつか、自分だけの部屋がほしい。誰にも邪魔されない、自分だけの世界がほしい」って。

静かな部屋で、好きな音楽をかけて、誰の視線も感じずに本を読んだり、勉強したりする。
そんなかっこいい“理想の自分”の姿を想像しては、現実とのギャップにむずがゆい気持ちになっていた。

長年かけて母を説得し、小6で一人部屋での生活が叶ったとき、心の底から嬉しくてたまらなかった。

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次に欲しくなったのは「一人暮らし」の家。
それはただのわがままじゃなくて、“誰かにとって誇らしい私”になりたいという気持ちの現れだった。
母親に「しっかりしてるね」って思ってもらいたい。
周りの大人に「頼れる子だな」って感じてもらいたい。

テレビや雑誌、外でかっこいい大人の女性たちを見るたび、キラキラして見えた。「あんなふうに、素敵で、自立している人になりたい」と本気で思っていた。

そんな背伸びが、ずっと私の中に住んでいた。

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社会人になって半年。
私は両親の反対を押し切って、ずっと夢見ていた「一人暮らし」を始めることになった。

行き先は横浜。
地元を離れて、誰も知り合いのいない土地に飛び出すのは、正直言ってすごくワクワクしていた。

「これで、やっと“自立した私”になれる」


母の手を借りずに毎日を回して、これまでやったことなかった家事も、買い物も、日々の支払いも、全部ぜんぶ自分でやる。

お金を稼いで、家賃を払って、食費をやりくりして。
“誰かに世話を頼らず、生きている私”になれたら、きっと自分をもっと好きになれる気がしていた。

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もちろん、不安は山ほどあった。
お金は足りるだろうか。トラブルが起きたら。
そもそも、一人で生きていけるのだろうか。

それでも私は、「なりたい私」に近づくために、自分で自分の背中を思いっきり押していた。
「できる」「長年の夢は自分で叶える」「やるって決めたんだから」と、自分に幾度も言い聞かせて。

あのときの私は、まだ本当の意味で“自立”がどんなものかも知らなかった。
でもそれでも、「一人暮らしを始める」ということが、私にとっては夢の第一歩であり、大きな決意だった。

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実際に一人暮らしを始めてみると、理想とは全然違った。

まず、家計のやりくりがとにかく難しい。
家賃、光熱費、食費、学費、交通費、推し活の予算…。

月末に毎月の収入と支出を見比べては、ため息をついていた。カツカツの生活の中で、生活費が足りない年はファストフード店で早朝バイトしてから正社員の仕事に出勤し、なんとか食いつないでいた。

それでも、引き返す選択肢はなかった。だって、これは「なりたい私」に近づくための背伸びだったから。少しでも届きたくて、ぎこちなくても、無理してでも、その姿をキープし続けた。

それは、地面すれすれを低空飛行しているような感覚。落ちるのが怖いから、手当たり次第、頼れる人には頼った。恥ずかしさより「生き延びる」ことが優先だった。

それでも不思議と、自分の選んだ道を後悔したことはなかった。

完璧じゃなかったし、スマートでもなかった。でも、自分の足で立って、毎日生き延びる。

そんな日々を繰り返していくうちに、少しずつ、“自立してかっこいい私”に近づいている気がした。

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今、一人暮らしを決断したあの頃の自分を振り返ると、照れくさく感じる。自立してて、しっかりしてて、誇らしい私に“なりたかった”はずだけど、実際の私は全然スマートじゃないし、何なら泥臭かった。バイト先と職場をはしごして、アプリで口座残高とにらめっこして、クレジットカードの請求を見てため息をつく。毎日そんな繰り返しだった。

でも、それでも。今思えば、あれはちゃんと“自分の人生を動かしている時間”だった。

背伸びだったのは間違いない。でもその背伸びがあったからこそ、私は「知らなかったこと」をたくさん知ることができた。

一人暮らしに必要なお金の流れ、連絡や手続きのタイミング、日々の家事の段取り。そして何より、「頼ること」だって立派なスキルなんだと、身をもって知った。背伸びしたから見えた景色も、感情も、ちゃんと今の私の中に息づいてる。完璧じゃなかったけど、誇らしい。

私は、ちゃんと“あのときなりたかった私”に、近づいてこれたと思う。

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あのときの一人暮らしがなかったら、私は今の私になっていなかったと思う。

横浜に引っ越さなければ、今の夫とも出会っていなかった。あの時の生活がなければ、「自分の足で生きるって、こういうことだ」っていう実感も持てなかった。

あの頃は、ただ“かっこいい私”になりたかった。

でも今の私は、「柔らかく、たくましく、生きてる私」だ。失敗しても、不安でも、それを引き受けて必死になれる、そんな私。

背伸びしてつかんだものは、ただの「理想」じゃなかった。泥くさくて、リアルで、でも確かな「自分の力」だった。

だから、あのとき背伸びしてよかった。

毎日不安だらけでも、後退せず精一杯走った自分に、心から「偉いね、ありがとう」って伝えたい。