私は仕事の関係で一人暮らしを始めた。生まれてから社会人になっても実家から出たことがなかった私にとって、初めての経験だった。

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正直、親がプライベートに干渉してくることや、一緒に住んでいるからこそ感じる窮屈さのようなものを最近では感じ始めていた。私のストレスもだんだん溜まっていった。自分の知り合いと私の家はなんとなく違うなと感じ始めたのもこの時期だった。

だからこそ、なんでこんなに私は親に従順に生きているんだろう、なんだかそれが当たり前だったけれど、そうじゃない人生や選択もあったような気がしてきてしまったのだ。
そしてこのことが原因で、母親とよく対立することが増えた。母にきつく当たってしまうこともあったし、捨て台詞で「こんな家早く出て行って、一人暮らしするから!」と言い放ってしまうこともしばしばあった。

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そんな時、職場の異動で一人暮らしをしなくてはならない状況になった。少しの不安はなかったと言ったら噓だけれど、不安よりも新生活への、私の自由への始まりに胸が高鳴った。
ひどいことを母に言ってしまったのにもかかわらず、私が一人暮らしを始めた日、私の抜け殻になった部屋を見て母は号泣してくれたそうだ。これは後から別の家族から聞いた。こんなにも大切に育ててもらっていたんだと、私も胸に熱いものがこみ上げた。

実際、一人暮らしを始めてみると、家族から知らず知らずのうちに多くの恩恵を受けていたことに気が付いた。
はじめのうちは、鍵やチェーンをかけても物音がすれば眠れない夜もあった。疲れて仕事から帰ってきたとき、温かいご飯はでてこない。そもそもご飯を作るための食材も自分で買いに行かなくてはならない。意外にも家賃や光熱費、食費などで御給料の半分はすっぽりなくなってしまう。お金のやりくりも考えるようになった。

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はじめて冬に洗濯物を毎日干し、手が荒れに荒れまくった。この時、母の赤くなった手を思い出した。その時、今まで親に頼りきりでこんな苦労もしていなかったし、経験もしていなかったのだと気づかされた。たくさんたくさん自分ひとりでできない事があることにも気が付いた。

一人で生きられるような気分でいたけれど、全然そんなことはなかった。辛い時、気分が落ち込んでいるときは誰かに話を聞いてほしいし、自分と話していなくても何かしらの家族の会話や生活音が実家にはあった。

でも今は違う。何も音のしない暗い部屋。そこで何かを集中して行うには向いているのかもしれないし、コロナのご時世柄、感染を拡大しないメリットもあるのかもしれない。夜遅くに帰宅するときに、実家だとどうしても家族を起こしてしまわないか、迷惑をかけてしまわないか気を遣うけれど、一人だとそんなことは全く気にする必要はなし。

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物事には何事にもメリットとデメリットが両方存在する。どちらのほうがメリットが多くて、デメリットが少ないのか自分の中の天秤にかけて考えてみるしかないのだと思った。
きっと家族と暮らすことを選択しても、頑張って一人暮らしを継続したとしても不満は出てくるし、不便さもあるだろう。でも私は、一生一人暮らしを経験しないまま結婚するよりも一度経験しておいて良かったと思っている。苦労ができて良かったと思っている。これは私の今後の人生にとって必要な苦労だったと思うから。

家族のありがたみや温かさも身をもって感じることができたし、自分ができないことの多さにも気が付くことができた。生きていくって簡単なことでないことも実感している。
私にとって、この一人暮らしはこれからを生きていく上での必要不可欠な経験になったし、人生の大きな糧の一つになったと思っている。