浪人する私が彼に言えなかった「おめでとう」が二人を分けた

テレビで高校野球を見るたびに、思い出す人がいる。思い出すと胸がきゅっとなって、体がなんとなくむず痒くなる。背番号は「7」。いつもちょっと汚れたユニフォームを着ていた人。堂々としているように見えて、実は緊張すると耳が真っ赤になる人。
私の高校生活の思い出の真ん中にいた彼のことを、書いてみようと思う。
初めて同じクラスになったのは、高校2年生。彼は、学級委員長で、野球部のエースで、面白くて、勉強もできて、歌がうまくて。嫌味なくらい、「何をやっても1番が取れる」タイプ。彼との恋愛は、少女漫画かよ!ってツッコミが入りそうなくらい、あまりにも「ベタ」だった。
私も当時勉強を頑張っていて、彼とクラス1位を競い合っていた。それがきっかけでよく話すようになって…なんてよくありそうな展開。さらに、彼は野球部で、私は吹奏楽部。県内ベスト8に入るくらいそこそこ強かった野球部の応援席で、私はいつもトランペットを吹いていた。そんな用意されたかのようなシチュエーションで、彼のことが気にならないわけがなかった。
スマホを買ってもらえず、クラスで1人だけガラケーだった私は、小さい画面に毎日ちまちまと彼へのメールを打った。靴箱の前でわざともたもたして、偶然を装って彼と一緒に駅まで歩くのが日課だったけど、あれは偶然じゃないって彼は気づいてたんだろうか。
田舎の進学校にいて、2人とも関東の大学を目指していた私たちは、よくこんな会話をした。
「合格して東京行ったら、何したい?」
「うーん。私、ディズニーランドとか、行ったことないんだよね。行ってみたい、かな」
「え、俺も!…じゃあさ、一緒に行く?」
「え、」
「あ、いや、クラスの上京する組みんなでさ、行こうよ」
最後の最後で意気地なしの私たちは、いつまでもあとちょっとの距離を縮められなかった。
高校3年生の8月、席替えで前後の席になった。彼はすぐ椅子を私の方に向けて話しかけてきて、「これ飲む?」って飲みかけの新製品のジュースを差し出せるくらいには近かった。
最後の1cmの距離を縮めてくれたのは、彼の方からだった。
「好きです。付き合ってください。」
学校のベランダというこれもまた「ベタ」な場所で、「ベタ」なセリフを言われた。私がなんて返事をしたのかは、思い出せないけれど、いつも自信満々なのにこんな時は赤くなるんだな、と愛おしく思ったことは覚えている。
受験生だからデートなんていけなくて、帰りの駅までの5分だけがデートだった。初体験も、彼だった。「高校を卒業したら」と約束をしていた私たちは、卒業式の後に、彼の下宿先のアパートで初めて身体を重ねた。嬉しくて、恥ずかしくて、このままずっと一緒にいれるんだろうな、と何の疑いもなく思えた。
幸せの絶頂だったのに、それから1ヶ月で彼との関係はあっけなく終わってしまった。
卒業式から数日後の合格発表。私は第一志望の大学に落ちた。毎日努力して勉強して、ずっとA判定で、先生からも太鼓判を押されていたのに。目の前が真っ暗になるって、こういうことなんだなと、呆然とした頭でやけに冷静に考えた。
一方、彼は私よりもレベルの高い第一志望に合格した。彼からの「合格した!」というメールには、2日経つまで返事ができなかった。
彼が誰よりも3年間努力していたことも、その合格が彼の夢に近づくものであることも、私が一番知っていたのに、一番近くにいる私が、彼の合格を心から喜ぶことができなかった。そんな自分が嫌いで嫌いで嫌いで、どうしようもなかった。
彼は出発の日、地元に残って浪人することになった私にこういった。
「東京で、待ってるからね」
その言葉を素直に受け止めていたら、その先の道は全然違うものだったんだろうか。
ただ頷けばよかったのに、口から出たのは「もう一緒にいるの辛い。別れて」だった。
しばらくは彼もメッセージをくれていたけれど、私は頑なに返さなかった。返したかったけど、もう何から取り返したらいいのかわからなくて、時間だけが過ぎた。
2ヶ月くらい経って、彼から連絡が来なくなった時、まだ一度も「おめでとう」と言えていなかったことに気づいた。その時初めて涙が出てきたけど、何に泣いているのかはよくわからなかった。ただ、「ごめんね」と思った。
それから結局、彼とは一度も会っていない。一年後、私は無事に合格して都会に出たけど、連絡はできなかった。
一度だけ、私が結婚した時に、きっと同級生経由で聞いたのだろう、「おめでとう」とだけLINEがきた。あの日私が言えなかった「おめでとう」を、彼からもらってしまった。
もう取り返せない日々だけど、大切な人の幸せを心から喜べる人でありたいと、今はただそれだけを思っている。
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