「お互いに必要だった時期は過ぎたんじゃないかな?」

彼は続けてこう言った。

「もしかしたらまた必要な時が来るかも。でも多分今は違う」

彼は大人だった。私に、彼以外に大切な人が出来た事を察してそっと手を離してくれた。

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きっとあの時私は彼のことが、気になってたんだと思う。優しくて、私の話に私以上の熱量で返してくれて、温かかった。カメラで風景や人を撮ることが好きだと言っていた。たまに送ってくれるその写真には、彼の人柄が滲み出ていて、温かみがあった。日常の一部を切り取ったような写真。艶々のオムライス。食べかけのチーズケーキ。どれもまるで隣に自分がいたのではと錯覚させるようだった。

飛行機に乗らないと会えない距離にいた私たち。でも、あの頃は誰よりも心が近かった気がする。

一度だけ、彼に会いに行ったことがある。半年近く続けてきたやり取り。でも、対面は初めてだった。「はじめまして」という感覚は無かった。「久しぶり」から始まる会話。写真で見た光景が現実になり、少し落ち着かなかった。それでも彼の笑い方、会話のテンポが私を安心させた。あの時の私はきっと彼の事が好きだった。

でも、不安が頭をよぎる。遠距離だから会えるのは二ヶ月に一度か、もっと先になるかもしれない。彼の職業柄、沢山の人と関わるから、私はすぐ飽きられるのではないか。彼はそんな人ではないのに。一度気になったビー玉のような小さな不安は、彼を好きになればなるほど、大きくなっていった。

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空港で彼は私に伝えてくれた。

「前から好きだった。今日会ってもっと好きになった」

返事は急がない、とも。彼らしいと思った。焦らせないように私のペースを大事にしてくれて、それでもはっきり好きを伝えてくれた。

ただ、この時既に私にはもう一人気になる人がいた。隣の県に住んでいて、何度かご飯に行く仲だった。会いたいと思った時にすぐ会えて、帰りの飛行機の時間も気にしなくていい。会話のテンポも合うし、車道側を自然と歩いてくれる優しさ。その人に惹かれていった。

次いつ会えるかも分からない彼と、気軽に会えるその人。もう答えは出ていた。それでも彼との会話は楽しく、やりとりは続けていた。でも、彼はきっと気づいていたのだろう。私の心がもう離れ始めていたことに。だから、あの一言を伝えてくれたのだろう。

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あれからやりとりはやめて、お互い違う道を歩んだ。必要な時は、もう来なかった。

「いつまでも僕の大切な人だからね」

最後の会話でこう告げてくれた。最低な私に。私は彼を時折思い出す。また以前のように「聞いてよ」と電話したくなる。あの優しさが恋しくなる時もある。でも、私も彼ももう連絡は取らない。それがお互いの為だから。

それでも、最後に伝えたい。私はあの時貴方が好きだった。私の特別だった。貴方の送ってくる写真、包み込むような柔らかい声、笑うと口が広くなる顔。全部が素敵だった。自分勝手で振り回してばっかりでごめん。貴方から言わせてごめん。私から言えることではないけれど、どうか幸せになって。