同性の先輩に熱烈な憧れを感じたことのある人は多いと思う。恋愛感情、ではないけれど、それくらい強く揺さぶられる感情。

尊敬や憧れでは足りないし、友愛の気持ちとも少し違う。ポップに言えば「推し」だが、それでもちょっと軽すぎるような気がする。そんな気持ちにさせられる人が、私にはいた。

今回は私が一目惚れした先輩の話をしたい。ここでは敬意を込めて、いつも通り、「せん(仮)」と呼ぼうと思う。

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せんは大学の先輩だ。新入生向けのオリエンテーションの際に、先輩学生として対応してくれたのがせんであった。

可愛いせんに私はほぼ一目惚れであった。さらに、せんはマメな人で、オリエンテーションの終わった後や、それから春学期しばらくの間、私を気にかけるようなメッセージを定期的に送ってくれた。

きっと私以外の新入生にも同じようなメッセージを送っているのだと思うが、それでも、せんを大好きになるには十分で、せんを好きだというアピールは惜しまなかったし、私がせんの一番弟子なのだと勝手に思っていた。

せんはある女子運動部のマネージャーをしていた。「せん」というのは、彼女の部活活動時のニックネーム(コートネームともいう)である。

私は運動はできないが、観戦するのは好きなのでマネージャー業にはほんの少しだけ関心があった。せんを見に行くつもりで新歓に行くと、他の先輩もいい人ばかりで、うまく言いくるめられて衝動的に入部した。ほとんどせんへの憧れだけで、部活に入った。

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せんは、優しくて可愛かった。容姿も整っていたが、それでいて嫌味なところが全くなく、いつもにこにこしていた。根っからいい人だったんだと思う。

そしてさらに、仕事ができた。帰国子女で英語がペラペラで、マネージャー業では新しくスポンサーを獲得してくるような敏腕でもあった。本当に大好きで、せんと一緒にいられることが幸福だった。

だが数ヶ月経ったときに問題が発生する。私は、大学の部活に入るということがどういうことかわかっていなかった。
活動は週に4-5日。土日は必ず練習がある。体力的にも時間的にも厳しい。
さらに、他の新入生とは仲良くなれなかった。私は元来、運動部のノリには合わなかった(せんはそんなにテンションの高い人ではなかったが、そもそもタフだったようだ)。

また、プレイヤーたちはプレイヤー同士で仲良くなることが多いという事情もあった。マネージャー仲間とは辛うじて話せるようになったけれど、あまり関係が良好であるとまでは言えなかった。部活内ではどんどん孤立していって、うまく話せるのはせんだけ。だが、せんは当然、私だけに構っているわけにもいかない。……しんどい。
そもそも、せんに付いていきたい気持ちだけで部活動に入ったのだ。覚悟が足りなかった。

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せんに対する憧れがいつしか、自分に対するコンプレックスへと変わっていった。
部活で活躍しているせんに対して、部活の仲間と仲良くすることさえままならない私。
何でも持ち合わせているせんに対して、何も持ち合わせていない私。
せんのせいでこんなに大変な思いをしている、というような勘違いをしていた。

私は結局、半年後に体調を崩したタイミングで部活を辞めた。

部活を辞めた後も話せる人はいたが、せんとは今までと同じように接することができなかった。せんのことは大好きなままだったが、一度感じてしまった黒い気持ちを忘れることはできなかった。

以来、数年経っているが、せんとは連絡をとっていない。
SNSでフォローされているのだが、ずっと宙に浮かせたままでいる。今更フォローし返すこともできない。私のことを覚えていてもなんとなく申し訳ない気持ちになるし、忘れられていても寂しいし、ブロックされても嫌だし、と思う。

一方で、拒否をするようなこともできない。気持ちとしても拒否をしたくはないし、拒否をして繋がる可能性が一切なくなってしまうのが嫌なのだ。たとえ一生話すことがないとしても、今後一生話すことがないと言い切りたくはないのだ。

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せんの卒業式ーー2学年上の卒業式の日。何か挨拶をしておけばよかった、と思ったのも一瞬で、すぐにその気持ちを押し込めた。むしろキャンパスですれ違うことがないから楽だ、と思うようにした。

そんなある日、せんを大学の学食で見かけて、ひどく驚いた(今思えば、大学院に進んだようである)。せんは、部活の後輩と一緒にご飯を食べていた。

私以外の後輩と一緒にいるせんを見たとき、その後輩に対してどうしようもない嫉妬を感じた。自分から、せんとの時間を手放しておいて、随分身勝手だと思った。まだ苦い一目惚れの思い出だなあと思う。