今より昔、具体的にいうと、15年以上前の記憶。
その時、その場できちんと謝れず、うやむやになってしまった、小さな事件。たまに思い出して、後悔というよりは、あの時、ちゃんと謝ればよかったのに、と、心残りに感じる出来事。
友達の筆箱から消しゴムを取り出して、ぎゅうと握った
まだ、小学校低学年のころの話である。私は、友達の文房具をひとつ、盗んだ。それは、消しゴムだった。
当時の流行り、だったのかは分からないけれど、私の周囲の子供たちは、甘い匂いのついたねり消しだとか、野菜や果物、その他食べ物や雑貨をかたどっていて、さらに細かく分解までできるカラフルな消しゴムだとか、先端にチャームがついたきらきらしい鉛筆だとか、イラストばかりのメモ帳だとか、そういう、実用的ではないけれど、手にするだけで心が弾むような、ちっちゃなおもちゃのような文房具を、みんなそれぞれ持っていた。
私は、そういったものはあまり持っていなかった。けれどある日、友達が机に置いていった開けっぱなしの筆箱から、食べ物をかたどったカラフルな消しゴムが覗いているのを見て、それが欲しいと思ってしまった。
友達の筆箱から、さっと消しゴムを取り出して、ぎゅうと握った。ポケットに入れたかもしれない。戻ってきた友達が、消しゴムの不在に気付いて、そのとき一番近くにいた私を疑うのは、当然の流れだった。
その友達は同い年の女の子で、保育園からの付き合いだった。波長が合うのかずっと仲が良く、また、親同士も顔見知りだった。友達が自分の親にどう伝えたのかは分からないけれど、そんなに時間の経たないうちに、私の親に話が伝わって、私は親に問いただされた。
そのとき、私はおそらく、親に対して謝ったのだと思う。最初に謝るべき相手はどう考えても友達だったけれど、今よりずっと子供だったので仕方がない。
この辺りは記憶が定かではないけれど、親にはおそらく、友達に消しゴムを返して、ちゃんと謝るように言われたのだと思う。そして、そういう消しゴムがそんなに欲しかったなら言えばよかったのに、とも言われた。欲しいものがあったのなら、素直に欲しいと伝えていいことなんて知らなかったので、やっぱりこれも、仕方がない。
そうやって親まで巻き込んで、最後に私が起こした行動というのが、現在まで続く心残りなのである。
ちゃんと謝った? と訊かれて、うん、と嘘をついた
私は、消しゴムを盗んでしまった友達に対して、素直に謝ることができなかった。
盗んだ消しゴムを、適当に紙にくるんで、友達の机に突っ込んだだけである。もしかしたらその包み紙に一言ぐらい添えたかもしれないけれど、思い出せないので、添えてないような気がする。
とにかく、当時の私としては、それでこの一件は終わり、というくらいの気持ちだった。実際、彼女が消しゴムを見つけて、ふと私の方を見たのが分かって、なんとなくアイコンタクトを取って、おしまいだった。
その後、親から、ちゃんと謝った? と訊かれて、ふてぶてしく、うん、と嘘をついたことは覚えている。さらにその後、また親同士で話したりしたようだけれど、私にその内容が知らされることはなく、ただ、見ているだけで楽しい、カラフルな消しゴムのセットだけが、手元にやってきた。
あの時ちゃんと謝れば、こんなに引きずることもなかったのに
そして彼女とは、私が無言で消しゴムを返して以降、この一件が蒸し返されることもなく、普通に仲良く、普通に遊んで、一緒に成長し、今現在においても、友達である。
断言できるのは、私は、友達を困らせようとか、傷付けようとか思って、消しゴムを盗んだ訳ではない。単に、欲しいな、と思ったから、盗んだ。しかし、おそらく、人の物を盗むのは犯罪、とうっすら認識はできていたと思うので、弁解の余地はない。
そして、できたらちゃんと謝りたい、というのがくすぶり続けている本音。
普通、私への不信を募らせたり、嫌われても仕方ないようなことをしたのに、その後も何の変わりなく遊んでくれた彼女。仲直りという行程すら経ていないのに、今日に至るまで友情が途絶えていないのも不思議である。推察するに、そもそも気にしていないのだと思う。
私がもだもだしているのは、そんな昔のことを、今さら掘り返してどうなるんだ、と、少なからず思う自分がいるからだ。一番の心配は、相手がこの出来事を覚えているかどうか。過去の心残りと、現在の気まずさがせめぎ合う。きっと、こんなに100パーセント自己満足の謝罪って、なかなかない。
そして、繰り返し思う。ああ、あの時ちゃんと謝れば、こんなに引きずることもなかったのに、と。
……とはいえ、こうして書き綴ってみて、正直、かなりすっきりした。思いの外溜め込んでいたんだな、と自分に驚いた。
この謝罪をどうするかは、また考えたい。もし何か進展があったのなら、また、この場所を借りて、話すと思う。