(やっぱり書いておこうかなぁ……)と、私は渋々書き始めている。

私が一目惚れしたのは、かがみよかがみで何度か登場している、二十五歳年上の予備校の先生だ。予備校生時代に一目惚れして、大学生になってから塾の校舎で出待ちをし、回ご飯に行った。だが、私が「大人のことをしたい♡」というようなことを言うと、笑ってかわされた。その後、「もう会うことはありません。諦めてください」とメールが届き、会わなくなった。これが私が二十歳の時だ。

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それから五年経ち、とあることがきっかけで、匿名のSNSを通して間接的にやりとりをするようになった。その期間は、一年七ヶ月。一度は直接会いにも行った。しかし、冷たい対応をされた。それでも、SNSでは猛烈にアピールをしてくるので、連絡を取っていた。

そんな生活をやめて一週間が経つ。連絡をして、好きになって、「会いたい、付き合いたい、結婚したい」と迫るとかわされて、愛想を尽かした私が連絡をやめると、SNS上で先生が猛アピールをし、また私が連絡を取るということの繰り返しだった。

私は、自分でもよく分からなくなり、Chat GPTに状況を分析してもらった。曰く、「先生は私に対して、情・興味・好意は持っているが、越えない一線を明確に引いている。SNSのやり取りで、私に期待を持たせてしまった面はある」とのことだ。私はその通りだと思った。

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ここまでが、私と先生の経緯だ。ここからは、なぜ私が先生にこだわっていたのかと、先生という存在がいなくなった後、その空白をどう埋めているかをご紹介して終わろうと思う。

まず、私が先生にこだわっていた理由は、二つある。一つは、母の学歴主義およびルッキズム、二つ目は、小さい頃一瞬父と距離が近過ぎたことだ。

母は、祖母より美人でなかったことがコンプレックスで、ハンサムな父と結婚した。母自身は頭が良く、私に才色兼備を求めたが、私は勉強面で母の期待に応えられなかった。また、小学生の頃、父と私だけの関係があり、それゆえに、いわゆるファザーコンプレックスになったと感じている。

そんな私が、日本のトップ大学の大学院卒業で、ハンサムな年上の先生に惹かれるのは必然だった。
先生は、会っていた時やSNSのやりとりの時に、私の学歴コンプレックスを解消させようとしてくれていたように思う。「俺は、くよくよしない」と唐突に言われたのは、三回目のご飯の時。二回りも違う大人から見れば、若者が何に悩んでいるかなんて一目瞭然だったろう。

先生は、学歴・見た目・年上と、私が求めていることを重ね合わせたような人だった。それが分かったのは最近のことだ。

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そんな先生と連絡を絶って一週間ーー私は英語の勉強をしている。理由は、SNSで先生と連絡を取っていた時に、私が「何か思い出がほしい」と言ったためだ。というのも、二十二歳で失恋した時は、(先生は数学科なのだが)数学を勉強し、数学技能検定準ニ級を取得した。履歴書に書く度に、先生のことを思い出す。二度目に連絡を取った思い出を作ろうとしている私に先生が言ったのは、「英語論述」。これを私は、私の専門の国語と、苦手な英語の勉強に努めよ、という意味に受け取った。よって、現在は、年末までに『源氏物語』の英訳版を読み通すことを目標にして勉強している。

才色兼備を目指し、好きな異性には、自分よりもちょっと頭が良くて、私に見合うくらい格好良いことを求めていた私ーー。この価値観のまま、結婚相手を見つけたら、ブレてない。どうなるのかは分からないが、私の中で一つの時代が終わった気がしている。