私にとって、靴や洋服の世界はいつも親戚から届くダンボールの中だった。

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私に似合うかはいつも二の次で、覗き込んでみて、自分に合う大きさの物があれば、新しいアイテムに追加される。
そんな日々しか送ったことがなかった。
だからまさか、ショーウインドウに飾られた靴に一目惚れしたときは、自分のことなのに、とても驚いた。

その靴は、日本を代表する女性用靴ブランドで、かの有名なイギリス王室のプリンセスの名前がついたお店に飾られていた。
この靴のためだけに設けられた贅沢な空間で、ピンクグリッダーがキラキラと輝いていた。表面には細かな透明な粒がいくつもあしらわれており、光を吸収して、淡い碧色に染まっている。

女性の美しさを際立たせるような少しとがった先端を見つめて「ああこの靴で街を歩いたらさぞ、自分はいい女なんだと思えるだろうなあ」と想像して、うっとりした。
ショーウインドウには値札が一緒に表示されていた。いくらだろう……。百貨店で靴を買った経験のない私には金額の予想すら難しく皆目見当もついていなかった。目を細めながらショーウインドウに顔を近づけ、小さな黒い数字を指でなぞるようにして、金額を確認する。

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……高い。それが、その値札を見て私が最初に思ったことだった。
こんなにかわいいのに、値段は全然かわいくなくて。少し眉が垂れ下がった。
そもそも今日はたまたま通りかかっただけで、数万円の買い物をする予定はない。

しばらく考えたのちに私は後ろ髪をひかれる気持ちでその場から離れた。
遠ざかりながら、また今度気になったら買えばよい。もしその時までになかったらそれは縁がなかっただけ。
気にすることなんてない。と自分に言い聞かせた。それなのに、遠ざかれば遠ざかるほど、

不安になる。お店に入る勇気がない。入ったら、きっとお持ち帰りしてしまうだろう。
別のお店のショーウインドウに自分が映る。そこにはあの靴をはいた未来の私を見た。

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気づいたら、引き返していた。
店員さんに試履きをお願いして、足を通す。それはそれはとても華やかで、かかとを鳴らすと、春を連想させる音がなった。
足の甲を固定させるストラップには、数個の真珠とビジューダイヤがついており、幼い頃に憧れたお姫様のようなデザインに心が高鳴った。

いかがなさいますか?店員さんに尋ねられて、私は小さいながらも、しっかりした声で「買います」といった。
あの日以降、この子は私の特別な日をアシストしてくれる心強い相棒となった。

大切な友人の結婚式、ここぞという大事な日はいつもこの子の出番だった。
ちょっとお高めのディナーの日に履くと、今日の私はいい女なんだ!と勇気を与えてくれた。思い返せば、この子と出会ったあの日から洋服選びもどことなく楽しくなった気がしている。私の足元は今もとても明るい。出会えて良かった、買えてよかった。あの日、一目惚れした思い出は今でも私の宝物だ。