私の中でいちばん鮮やかに残っている一目惚れの思い出は、ほんの二年前の六月の始め頃、家から車で往復二時間ほどかかる祖父母宅付近で、我が家と祖父母宅の分の買い出しを母としていた時のこと。

とあるスーパーの敷地内にある、産地直送「風」マーケット。本当にそう看板に書かれている。そんな店舗の入口付近にある生花のコーナーに、それはあった。

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その場にあったあらゆる花たちの中で、たった一輪。小ぶりなみかんくらいの大きさに膨らんだ、ピンクとも紫とも呼びがたい絶妙で鮮やかな色をしたふんわりと開きかけの花の蕾。桜色をした開きかけのカーネーションとエリンジウムという植物(名前は後で調べて知った)と一緒に束ねられていた。

持っていた端末で画像検索をしてみたところ、その花は芍薬と呼ばれるもののようだった。 

その芍薬の蕾はその色と姿で私を惹き付けて止まなかったが、我が家にはあまり生花を飾る文化がなかった。飾ったことがあったとしても片手で数えられるほどしかない。すぐ枯れてた気がするし、そして今もその時の花瓶があるかもわからない。

そんなところにこんな綺麗な花を迎えてしまっていいのだろうか。私は暫し迷って、なんなら母にも相談した。一応花瓶は残っているらしい。

「そんなに迷うくらいなら買っちゃえば?」母に背を押され、一度車内に戻っていた私はその花束を迎えに走った。三百円ほどだった。

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車の助手席のヘッドレスト辺りに着けられるペットボトルを引っ掛けられる器具に、私が空けたサイダーのペットボトルを取り付けて、そこに買った花束を差し込む。その後買い物を終えて祖父母宅に戻り、蕾のために水道水を貰って帰途につく。一時間ほどかけて自宅に着いた頃には蕾は咲き始めていた。

無事家に着いたあと、荷物などを下ろし夕飯も済ませ、いつもなら一息ついている頃。
私は華道を齧ったことのある母と共に、蕾達を花瓶に生けていた。茎を水中に沈めた状態でハサミで切り(水切りというらしい)、それぞれの茎の長さを合わせ、時には花瓶を分けながら生けていく。私は華道のかの字も知らなかったので母にほぼ丸投げしていたが、納得いく出来になったらしい。

次は花瓶に入れる水。芍薬は綺麗な水を好み、かつ開花にエネルギーを要するため、栄養を与えた方がいいとのこと。

栄養は糖分、砂糖でいいらしい。分量的にもタイミング的にも丁度よく、キッチンの引き出しにスティックシュガーがあったのでそれを丸々一本全て入れて、そこに水道水を注ぐ。砂糖水の入った花瓶に花を挿したら完了。当時はその姿を写真に収めたらすぐ眠ったような気がする。

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次の日。芍薬の花はゆっくり、確実に満開へ向かっていた。花瓶の水位もしっかり下がっていて、私は暇さえあればその花を眺めていた。まるで手にしたばかりの宝物を何度も取り出しては眺める子供のように。昼間はそうして眺め、できない日こそあったが夜に水を換え、砂糖を入れる。そのまた次の日も、更に次の日も。そうこうしているうちに丸く膨らんでいた蕾は、あっという間にフリルのような豪奢な花弁を広げて、満開になっていた。

本来芍薬の蕾を咲かせるには、付着した蜜を拭うなり洗うなりしたり、萼や葉をとったり、蕾そのものを解したりと手間がかかることも多いらしい。ところが私が迎えた蕾はやけに手がかからなかった。初心者にとても優しいものであった。元々咲きやすい蕾だったのか、既に手をかけてくれていた誰かが居たのか、私には知る由もないが。

色々調べた結果、芍薬の花というのは綺麗に咲ききった時の散り際も美しいらしい。その様も見たくてそれなりに長く生けていたが、水換えが上手くいかなかったのか、花はそのままの形で萎びていった。ちなみにカーネーションは咲ききらなかったし、あの花束で一番長く生けられたのはエリンジウムであった。

しかし、私にはそれよりももっと悔やむことがある。折角あの綺麗な花を迎えたのに、我が家には花に相応しい背景がなかったことである。