「もっと大人っぽい格好のほうが似合うよ」

「今日目が一重だね。おかしいよ」

そんな風に私の容姿に口を出すことが多い彼氏。まあデートの時くらい、と彼氏の好みに合わせた服装をすることもあった。

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そんな彼氏は年上の頼れる人だった。しかし少しずつ、おかしくなっていく。

メイクや服装だけでなく人格否定。自己肯定感が低かった私は全て自分が悪いのだと思い込んだ。言葉がゆっくり私を蝕んでいく。ベッドで動けなくなった私に来たメッセージは「太ってるからだよ。運動したら?」だった。ろくに水分も摂れないというのに。指一本動かすのも苦痛になり、ただ涙を流すことしか出来なくなった。

こんな自分に、なりたかったんだっけ。私は何が好きで、がしたかったんだっけ。身体は動かせないけれど、脳はいくらでも動かすことが出来た。私がしたかった格好も、やりたかったことも何一つとして出来ていない。難しいことは望んでいない。ただ、好きな格好をして外出をしたい。ベッドに押し付けられているだけなんてそんなの、嫌だ。

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ゼリーを飲むところから食事が出来るようになると、彼氏を失うことにもう抵抗はなかった。私と付き合ってくれる人なんてなかなかいない?こんな人としか付き合えないのなら、一生自分の好きな格好をして生きていくほうがよっぽどいい。比べ物にならないくらいに。

そうだ。ずっとやりたかったことをやってしまおう。そう思い私はずっとお世話になっている美容師さんに連絡をした。美容院に向かっている最中もずっとネットで画像を検索していた。今日この姿になれる、そう考えると足が軽くなった。

つい最近まで動けなかったとは思えなかった。美容院について画像を見せてイメージを伝えるとなにやら美容師さんは察した様子だった。

「今回は派手だね」

「そう、私の好きにするの。だから思いっきりやっちゃって」

鏡の中でみるみる変わっていく。シンデレラさながら。それは豪華に言いすぎかな。でも、本当に魔法みたいに理想の姿になっていく。終わったときには口角を下げるのが大変なくらいだった。

帰るまでの間に何度反射している自分の姿を見たのか分からない。携帯の画面でも何度も見てはニヤニヤしてしまった。マスクをしていて良かった。傍から見たら変人になってしまっただろうから。

私のしたかった髪形、髪色。清楚な大人っぽい黒髪。なんてものではなく、金髪のウルフカット。さらにインナーカラーと前髪の一部が赤になっていた。誰がどう見ても派手であり、彼氏の趣味とは遠く離れている。

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その二日後、彼氏から会わないかと連絡があった。「いいよー」なんて返して、髪を染めたことは言わないまま。反応は想像ついていた。

「なにその髪色!」

私の容姿を否定するとき、いつもするニヤけ顔。ああ私のニヤけ顔なんて可愛いものだったな。本当に、汚いというか不快だ。「似合ってないよなにそれ」ドラマだったらビンタがいいよな。でもここは生憎現実世界なので、殴られないよ。良かったね。その代わり言わせてもらうわ。

「これが私のしたい格好だから。何言おうと私は私の好きな格好をこれからもしていくからそれが嫌なら別れて」

最初から元カレって書けばよかったですね。