昔から夏は嫌いだった。

田舎の実家は虫だらけだし、暑いと顔が真っ赤になるし、夏恒例の運動会ではびりっけつだし、クーラーのない教室で垂れる汗は気持ち悪いし、花火大会は混んでて人しか見えないし、お祭りのご飯は美味しくない。

大人になったら電気代に、多めに回す洗濯のための水道代、変えが必要になる夏服代と、なにかとお金がかかるし、夏野菜は痛みが早い。

同棲してる友達の帰る部屋が既に冷えてることが羨ましく感じるし、夏の日差しが降り注ぐと私のイエローベースの肌が更に黄味がかる。

夏が来る度に、私は自分のことやいろんなことが嫌になるのだ。

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今までの夏の思い出で1番最悪だったのは中学3年生の時の体育祭。

当時の私の趣味は読書、体育の成績は毎回出席していたからギリギリ2。
私が運動苦手で控えめな生徒であることはみんな周知の事実であったろう。

その時は赤白青対抗の応援合戦があり、私は青組だった。
中学卒業の年に良い思い出を作りたい!と同じクラスの応援委員は盛り上がっていた。

2週間にわたる練習期間、私は常に顔を真っ赤にしながら叫んでいたつもりだったが、ある日、みんなの前で私含めた少数人だけで声出しをさせられることになった。

クラスの委員と先生から声が出ていない、ということで選抜されたのだ。

私だって苦手ながらも頑張って叫んだのに認められなかったこと、大人しそうな見た目のせいもあるのか、向こうの勝手な偏見で強制されたのが悔しくてその日の夜は大泣きした。

結局、どの団が優勝したかなんかもう覚えてない。

思い出せるのはみんなの視線が自分にあつまる羞恥心と、あのうだるような暑さの中での喉の痛みと零したぬるい涙の惨めさだけだ。

それをきっかけに私は夏のイベントを自主的に避けるようになっていったが、それでも夏は好きになれなかった。

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そんな季節に私は人生で初めての転職をした。

同じ業種への転職だったが、業界がまるで違くなり、関わる人も違くなった。

以前の女性の多い職場から一転、おじさんたちしかいない職場になってしまい、幼少期から単身赴任の父親と滅多に関わることのなかった私は、そこで初めてその世代の人間たちとしっかりと関わりを持つことになった。

異文化である私を理解してくれようとしてくれて気を使ってくれるところは心底ありがたかった。

しかしながら「今日もお昼行くよね?」

会社の近くの中華料理屋はとにかく量が多い。近く、といっても5分カンカン照りの中を歩くし、古い店の中は冷房も弱くて出てくるご飯も、中華鍋から今さっき上げたような熱さのものばかりで、3分経っても湯気が耐えることがなく、猫舌の私にわかるのはその熱さだけ。味なんてわかりはしない。

にも関わらず、上司たちはそのご飯を僅か5分程で食べ切るのだからたまらない。
私も合わせて冷ますまもなく1口目を口に入れる。汗が吹き出すが、慌てて2口目、3口目と運ぶ。

こめかみから出た汗が頬の横側と首を流れブラウスに染み込むのがわかる。

いつもは我慢して胃に詰めていたがその日の私は、あまりに汗が止まらず食欲も失せてしまった。「お腹いっぱいで、もう食べられないです」。

私は顔の汗を吹きながら呟いた。量多いもんねえと既に完食した上司は笑い飛ばしてくれたが。

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次の日、私は初めてお弁当を持って行った。

「あ、私、今日お弁当持ってます」そう聞くといつもの上司はおっけー、と軽い返事をしていつものように社外に出ていった。

私がどこかおそるおそる、上司たちがいなくなってしんとした辺りを見回してみると社内は涼しくて静かで落ち着いていた。

斜め向かいの先輩がカップ麺にお湯を入れていて、隣の事務員さんは片手にパンを持ちながらスマホをいじっている。ある人は自分のデスクで1人腕を組みながらぼーっとしていた。

その日食べたお弁当は、ごく平凡に、美味しかった。

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お昼から帰ってきた上司たちがあついあついと言いながら業務に戻っていく。

何食べてきたんですか?と聞くといつもの!そっちは何食べたの?と返された。

当たり前なことだが、お昼を一緒にしなくても変わらずコミュニケーションが取れることに、私はホッとした。

自分のペースによりそうこと、それが、大人になった私のこの季節の乗り越え方だ。