私のコンプレックスは声だ。低くて、決して可愛い声とは言えない、この声。

声にコンプレックスを持ったのは中学生の時だった。友達との会話を録音した時、自分の声の低さに驚いた。

自分が聞く自分の声と人に聞こえている声が違うことはなんとなく知っていた。自分が聞く声は骨伝導で伝わるため、低くて太く聴こえるらしいが、人に聞こえる声は気伝道で伝わるらしく、高くて軽く聞こえるものだと。だから自分の声は自分で聞いてるよりは高めで女の子の声をしていると思っていた。女の子の声といえば高くて可愛らしい声が理想だった。
ところが、録音した自分の声は、自分で聞いている声より太くて低く感じた。
可愛くない、と思った。

それからは努めて声を高く出すようにした。少しでも女の子らしい声でいたかった。とはいえ、地声が変わるわけではない。何度聞いても変わらず低いままの自分の声が嫌だったが、もうどうしようもないと諦めたのは高校を卒業する頃だった。

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そうして、声へのコンプレックス一旦意識の外においていた時、学校の授業で高齢者と関わる機会があった。高齢者施設へ行き、高齢者とのコミュニケーションを学ぶ授業だった。

加齢によって聴力は下がってしまう。特に高い音が聴こえにくくなる。私が関わった高齢者の方々も多かれ少なかれ聴力は下がっている様子だった。半日ほど施設で過ごし、ホールにいる方々と1対1でひたすら話す。同じホールには学生が数名おり、私の友達もいた。
友達は柔らかく、澄んだ声をしており、高めの声だった。声量は特に小さいということもなかったのだが、高齢者とのコミュニケーションにとても苦戦していた。
彼女は耳元で大きな声で話しかけていたが、彼女の声は高齢者の方々に全然聞こえていない様子だったのだ。
私は彼女の近くで違う方と話していたのだが、彼女の様子を見て、お互いの話し相手を交換することにした。

自分の声も届かないのではないかと思いつつ、友達と話していた方に大きめの声で話しかけた。

「こんにちは」
「はい、こんにちは」

思いがけずスムーズに返事が来て驚いた。名前を聞けば、スムーズに名乗ってくれた。その後も、聞き返されることは何度かあったが会話のラリーはしっかり続けることができた。
それからさらに何人かの人と話したが、誰とでも会話をすることができ、その様子を見ていたのだろう学校の先生からは、高齢者とのコミュニケーションが上手であると褒めてもらえた。

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だが、私はコミュニケーション能力が高いわけでもないし、特段何かスキルを持っていたわけではない。高齢者の聴力は高い音から聴こえにくく、低い音の方が聞こえやすいと学んだため、せいぜいなるべく低く、大きい声で話すよう心がけただけだ。
でもふと、気づいた。もしかしたら、元々低いこの声が高齢者の方々にとっては聞き取りやすい音なのかもしれない、と。
実際、高めの声の友達は苦戦していたし、男性の職員さんとも問題なく話をしている高齢者をよく見た。
男性は女性より声が低いため、聞こえやすいだろう。さすがに私の声は男性ほどの低さはないと思うが、でも友達よりは低い声をしている。それをさらに努めて低く話した。低い音の方が聞こえやすい高齢者にとって、私の声は聞き取りやすい声になっていたのではないか。

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可愛くない声だと思っていたこの低い声は、高齢者の方にとっては聞き取りやすい声なのかもしれない。そう思うと、この低い声は人の役に立つとても良いものに思えるようになった。可愛くない声だけど、実用的な声といえる。
就職して、高齢者の方と話すこともあるが、やはりコミュニケーションに困ることは少ない。そして、高齢者の方と話す度に思う。この声で良かったと。