私は大学2年生のうちの半年間、オーストラリアの西側にあるパースという都市に交換留学をしていた。パースはシドニーなどがある東部と比べるとのんびりとした自然豊かな街である。オーストラリアはクリスマスにサンタがサーフィンをしている姿に見られるように日本と季節が逆であり、私がパースに着いた7月は日本の初秋に当たる涼しさだった。

夕方パースに着いて空港を出た瞬間から、日本で感じていたよりも遥かに強いまっすぐな太陽の光、飼い慣らされておらず青々としている木々が目に入ってきた。その場の空気を吸い込むだけでも、日本から離れた土地に来たことを体感し、今後の生活に期待が膨らんだ。

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私が大学に入学した年は丁度コロナが始まった時で、ほとんど人と会わず1年間を過ごした。最初は辛いと思ったが、それまで人目を気にしてきて生活してきた中で、初めて自分一人で考える時間ができたのがその一年だった。そうして自分の価値観というゆるやかな巣を築いてくなかで、どうしても一つ、両親との関係性が自分にとって辛いものだった。

自分の将来に対してこうしたいという話に耳を傾けてもらえず、無気力感を常に味わっていた。だが実家から離れるような金銭的余裕も無く、物理的・精神的な安全を確保できないままどんどん心が脆くなっていた。そんな時大学に交換留学の制度があることを知った。一度物理的に親と離れて視野を広げ、自分の本当の価値観を知りたいと思い、応募することにした。

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パースは朝型の街である。お店は基本17時に閉まるし、海辺のカフェなどはお昼過ぎの14時に閉まるところも多い。またシドニーと比べると開発が進んでいないため、どこかに行こうと思うと基本的に移動時間がかかり、1日をのんびり過ごすというのが基本のパターンである。バスに乗る時間が長いとその分ぼーっとするし、誰かと一緒にいると話す時間になる。オーストラリアは日本と比べ土地が広いからか物理的な人との距離も保たれており、満員電車などはもちろん無かったし、電車内にいる人はみんなリラックスしているようで居心地が良かった。

髪の毛がボサボサでもオシャレをしていてもみんな特に気にしておらず、スーパーの店員の人が急に真っ青な髪に色にしても誰も何も気に留めていなかった。街全体にゆるやかなゆとりがあり、それは人生はいそいそと生きなければならないという固定概念からの解放だった。パースにはスタバが無く、ローカルカフェには常連さんが付いているのが街の在り方だった。カフェ以外も一つ一つのお店に個性が出ていて、機械的でない人の雰囲気があった。洋服に関してはチェーン店も多く見られたが、同様にリサイクルショップの数も非常に多く、状態も良いため新品を買わずともこと足りる環境だった。

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オーストラリアに着いて一番初めに感じたことは、体型、顔立ち、英語の発音などそれぞれの在り方に普通なんて存在しないということである。日本社会で教育を受けていると、文法的に一つの誤りもないアメリカ英語を話すことを理想として掲げられる。だが日本語であっても一人一人の話し方は違うのだから、英語であってもそれぞれのアクセント、文法の癖や言い回しがあることは自然なことであり、そこに間違いなどない。

オーストラリアは日本よりも移民を多く受け入れてきているという歴史的背景もあり、大学内では生徒・教員問わず様々なアクセントをもつ人がいた。しかしそのアクセントや文法の違いを揶揄する人はおらず、なぜならそれはその人の尊厳に関わるものであるからであった。大学の中心にある図書館の入り口では、定期的にセルフケアイベントが開かれており、特にストレスが溜まりやすい試験の時期は毎日のようにイベントが開催されていた。そのような環境にいると、何かしらのストレスを受け体調を崩してしまうことがいかに体にとって自然な反応かを理解することができ、人と比べず自分のペースで回復していくことの大切さを学んだ。

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その後帰国し日本で新卒として働き始めた私は、心身ともにストレスが原因で体調を崩してしまい、早々に仕事を辞めた。今は実家に帰省し、休養も兼ねてこの文章を書いている。仕事をしているときは、自分の体力のなさ、心のタフさの欠如を責めるばかりで自尊心というものは全くなかった。だが、こうして楽しかった留学の日々を回想しながら言葉にしていく中で気づいたことは、自分はどんな時も悪くなく、とても頑張っていたいうことである。

そして自分らしさを隠すこと、自分を責めることも必要なかったのだ。「今日の自分はダメだった」と自分にストイックになることに慣れてしまった今、「今日の自分もよくやった」と思うことは難しくなってしまった。けれどもどこかには自分の居場所は必ずあり、焦って探す必要はないと信じることで、少しずつ自分に優しくなれるように練習をしていきたい。