新緑の季節になり、外を歩くと植物の匂いが香るようになりましたね。春を過ぎ、これから夏になるんだなぁ、と感じます。春夏秋冬、新しい季節が始まるたびに、その季節の香りを嗅ぐと思い出す人が私にはいます。嗅覚と思い出の結びつきが強い方は、きっと多いのではないでしょうか。

若かった私は楽しいだけの関係でよかった

学生時代から社会人になるまで、私には4年ほど関係が続いたセフレがいました。“セフレ”って言葉が、悲しく感じてしまうほど、彼とは仲がよく、良好な関係でした。歳は4つ上で、私が好きなロン毛、ひげ、ギターを弾くフリーター。顔はとても端正でナルシスト。部屋にずっとお香炊いてたな。

出会った当初はグイグイ迫られ、若干メンヘラ気質で1日中LINEの通知音が鳴り響き、何度も「愛してる」「死にたい」などのメッセージが来るので困惑してしまいました。今思えば、それが彼のやり口なのでしょう(笑)。まだ20歳を超えたばかりで恋愛経験の浅い私は、少し恐怖心を抱きながらも彼の罠に落ちてしまいました。「付き合わないんですか?」という一言を彼に言えないまま。この時期を思い出すと、照りつける太陽とアスファルトの匂い、夏の夜のひんやりとした空気が頭をよぎります。

付き合わないまま肉体関係を持ち、彼とはいろんな場所にデートに行きました。家族や友人、自分の好きな物の話、悲しい出来事、日々のいろんな事を共有しました。恋人関係でなくても、全ての季節を彼と一緒に過ごした時間はとても楽しかった。私自身「自分はまだ学生で結婚を考えているわけでもないので、付き合う意味あるのかな?」と思っていたので、この関係を気にすることはありませんでした。自分の未来も不透明な状態で“ちゃんと付き合う”ということが、何だかちぐはぐに感じていたからです。今の私が過去に行けたら「好きって感情があるなら難しく考えず付き合う方がハッピーだよ!」ってアドバイスするんですけど…。笑

愛してくれていると思ったのに、恋人にはなれない…

そんな関係が2年ほど経った時、初めは彼から私に対する愛(だと思ってた)に安心していたのですが、いつしか立場は逆転していました。連絡の頻度が減り、彼が今何をしているのか分からない時間が増えました。彼はとてもモテる人だったので心配になり、私は「恋人になりたい」と思うようになりました。不安になると彼女にしてほしくなる、とても不思議な現象ですが、同じ気持ちになった事がある方も多いのではないでしょうか。

ある晩、彼に「恋人になりたい」と勇気を出して告げると、長い沈黙が二人の間に流れ、私が次の言葉を発しようとすると「その話はやめて」と止められてしまいました。とにかく、悲しかったのを覚えています。心に墨汁を垂らしたように悲しみが広がり、その後は怒りではなく呆れへと変わりました。その晩はとても寒いのに、彼には背を向けて眠り、部屋にはストーブの灯油と冬の空気が混ざった匂いがしていたのを覚えています。

それから、踏ん切りがついた私は彼と会うのを止めました。しかしその後、彼が私のバイト先で働き始めたり、私に恋人ができたり、就職して上京しても彼が会いに来たりと、関係は薄くなりながらも縁は切れずに続いていました。しっかり“付き合う”という形式をとらないセフレという存在は縁が切れにくいですよね。情もあるし…。

季節が変わるたびに思い出すセフレだった彼のこと

彼と最後に会ったのはもう2年も前です。彼が東京に来て、私の家に泊まって帰っていきました。最後のメッセージは私が送った「次は一緒に動物園行きたいな」と私が送ったメッセージが最後です。返事はなく、私からもメッセージは送りませんでした。なんとなく、彼が「このメッセージを最後にしたい」と思ったのではないかと感じたからです。「エモい思い出にしようとしてんじゃねぇ!」とも思いましたが…。メッセージを送った時、喫茶店の喫煙室にいて、たばこの煙を吸った冷房の風の匂いの中で、アイスコーヒーを飲んでいました。

“次会う時”は「きっと来ないんだろうなぁ」と思います。でも、新しい季節の香りがするたびに彼を思い出し「元気にしているのかな?」と思いを馳せます。他の女に使ったアダルトグッズを私に使われたこともあります。信じられないくらい、一時は大嫌いになったこともありました。

もう会うことはないと思いますが、もし会えたなら、多分私は「元気にしてた?」って言うと思います。当時、伝えきれなかった美しかったり、汚れていたりする気持ちを、伝えるつもりはありません。今ではきれいだった思い出もゆっくり色褪せ、悲しい思いをした記憶の方が少しだけ強く残っています。それでも、世の中が目まぐるしく変っていったり、新しい年を迎えたり、私の人生に転機が起きるたびに、「彼は元気かな?」と思い出すのだと思います。