私は顔に生まれつき疾患があることから、幼少期から形成外科、歯科矯正、言語訓練と多岐に渡る治療を受けてきた。特に歯科矯正は長年治療をしており、10年前から、歯の構造上の理由で、入れ歯をしている。年齢はまだ29歳だ。つまり20歳になる前から、入れ歯デビューを果たしていた。
「20代で入れ歯をしている人はどれぐらいいるのだろう」と考えるだけでも恐ろしい。私の入れ歯は前歯の隣の歯2本分にあたるため、装着していない時は、装着している時と比べると顔の印象が全く違い、「マヌケな顔」になる。しかも目立つため、入れ歯がないと大多数の人に必ず「歯どうしたの?!」と切迫した様子で聞かれるので、答えるのが常にめんどくさい。
「ねえ、その歯どうしたの?」不躾な詮索は私から本当の笑顔を奪った
入れ歯に関して最初に嫌気がしたきっかけは、中学校の同級生からのしつこい質問だった。
それは成人式の同窓会でのこと。入れ歯だと食事をする際に装着しながら食べることは出来るものの、食べ物のカスなどが歯と入れ歯の間に溜まり不快のため、「まあ見慣れたメンバーだし、はずしても平気だろう」と食事をする前から、はずして食事を待っていた。すると、同級生の女の子が執拗に入れ歯に関しての質問を、他の同級生の前でしてきた。「どうして入れ歯をつけてるの?」「ねえ その歯どうしたの?入れ歯今つけないの?」と不躾にニヤニヤしながら何度も質問してきた。内心「人の前で質問とかいい加減にしろよ。」と思っていた。彼女だけが何度も入れ歯に関する質問をしてきて 、あれから外出する際は常に入れ歯をつけないと安心しなくなった。
入れ歯をつけていないと、私は人前で歯を見せて笑うことは出来ない。カメラの前でもそうだ。どんなに「もっと笑って」なんてカメラマンに指示をされても、私は口を閉じてニッコリしたままだ。その時の私の顔は全然笑顔ではない。引きつっている顔をしている。また、たまに入れ歯を外して誰かと会話する場面になると、笑っているように声は出しているけども、私の脳は「今は笑ってはいけない」と認識し、顔の筋肉を硬直させているのがわかる。
私がコンプレックスをさらけ出すのは、心を許した時だけと決めた
入れ歯の装着に関して、やがてある基準が生まれる。
それは、入れ歯を人前ではずす=心を許しているということ。家では入れ歯をつけないこと。
留学先のドイツでホストファミリーにお世話になるときも、自分の中の入れ歯ルールを適用して、常に家でははずしているようにしていた。仲の良い友達に会うときも入れ歯ルールを適用した。みんな最初は「歯どうしたの?」と聞くけど、事情を話すとそれ以降は聞かないし、後々すごい楽だ。しかし、私が会う人によって入れ歯をつける、つけない線引きは難しい。大勢の人と会う際は、入れ歯の質問に注目されたくないので、必ず装着するが、個人対個人となると「会った回数も少ないし、びっくりさせるかも」なんて考えてしまう。
歯の隙間分ほどコンプレックスがある。だから歯と歯の隙間をうめる入れ歯は私にもう一つの顔を作り出してくれる。外出するときにカチッと入れ歯を装着して出かけるときはいつもやる気スイッチが入る。しかし、本当はどんな人の前でも、入れ歯なしで、口を大きくあけて笑いたし、おいしいものをそのままの歯たちで食べたい。
入れ歯は化粧のようなもの。いつか口を大きく開けて、自然に笑いたい
ここ最近は、新型肺炎の感染拡大の影響で常に外出先でもマスクをする生活になった。マスクで口元が隠れていることで、本当はいけないが入れ歯をつけることをサボっている。
多くの10代~20代の女性にとって入れ歯はまだ無縁かもしれない。しかし、私にとっては見た目をカバーしてくれる化粧のようなものだと考えている。まだまだ入れ歯との長い付き合いが続くが、いつか出来るかもしれない恋人の前ではずしてデカい肉にかじりつきたいし、入れ歯がなくても、脳が私の顔の筋肉を硬直させることなく、自然に笑っていたい。
そして私は、今日も化粧を落とすかの様に一日の終わりに入れ歯をはずしてリラックスする。