なぜ人は美味しいと感じるのか。食欲がなくなって気付いたその答え

「なぜ人は食事をして美味しいと感じるのだろう」
そんな事を考えたのは生まれて24年目の事だった。
学生時代、私はとても食べる事が好きで、特にトマトパスタには目がなかった。毎日トマトパスタとはいかないが、食べる事にとても幸せを感じていた。食べる前のやっと食べれるという待ち遠しい幸せ、食べた時美味しいと感じる何とも言えない幸福感、食べた後に満腹と同時に幸せを感じる。とにかく食べる事は幸せだった。
友人にそんなに食べるの好きで大丈夫?太らないの?と聞かれた事があるが、全然気にしていなかった。理由は1つ太りたくは無いけど食べるの我慢するのも嫌だ、じゃあ運動すれば良いじゃないかと考えていたからである。
その考え通りの学生で、部活は運動部に所属し、ピークの時は朝ご飯を食べ、午前の授業合間の休憩時に購買の美味しいパンを食べ、お昼ご飯を食べ、部活前にまた購買のパンとおにぎりを食べ、部活終わりに部活の友人とたこ焼きを食べに行き、自宅で夜ご飯を食べるという日常を繰り返していた。特に部活終わりとお風呂上がりの麦茶と疲れた後のトマトパスタは格別だ。
今考えるととんでもない食いしん坊で、家族も友人もドン引きしていた。食欲がない事など無く、病気の時でさえうどんをひたすら食べていた。
ここで気になるのが体型だ、当時私は162センチの55キロ。痩せているとは言えないが、筋肉が少し多かった為太ってるとも言えない体型をキープしながら学生時代を過ごし、とてもとても幸せだった。
そして、部活引退後。ピークの時より食べなくなったが、どうなったかは言うまでもない、、。みなさんのご想像通りだろう、太った。完璧に太った。人生初の60キロ台。体重計に乗った時は目が飛び出て、地面に落ちるのでは無いかと思うくらいびっくりしたが、運動をほぼしなくなったので、こうなるのは当たり前かと冷静に納得していた。そして運動しなくては!と久しぶりに思った。この時の事を後に友人聞いたら、「食事の量を減らすんじゃないのかよと思ってた」と言われた。
そしてまたスポーツを再開し、専門学校を卒業しスポーツクラブに就職した。私にとっては大好きなスポーツ、そして食べても太らないからたくさん食べれる。もう幸せの絶頂だった。この人生の中でなぜ人は食事をして美味しいと感じるのかなど考えもしなかった。
そんな私に変化が起きたのは就職して3年目の事だった。
仕事は楽しかった、色んな人と出会い、レッスンしながら日々を過ごす。友人や周りの人からは人生充実しているねと言われていた。ただプレッシャーが凄かった。お客様を上手にしてあげないといけない、お客様はこれで満足しているのか、他のスタッフは私よりももっと上手く教えている、もっと頑張らないといけない。毎日毎日そんな事を考えていた。
今思えば、この頃からあんなに大好きだったのに食事の事なんて考えて無かった。仕事に行き、家に帰りとりあえず何か食べる。食べないと体力が持たないので食べていた。この日々を繰り返し、そして私はうつ病になった。誰が悪いわけでもない、私に関わってくれたみんなとても良い人だった、私が勝手に自分自身を追い込んだのだ。そして私は退職をした。
退職後は何もする気にならなかった、生きていて死んでいる様な日々、もちろん食事もする気にならないし、全ての感情が灰色なのだ。食欲がない、お腹が鳴っている、でもお腹が空いたと感じない。私の心と体がバラバラになった。口にしていたのはコップ一杯の水、たまにチーズ鱈など。なぜチーズ鱈かと言うと家にあったから、なんでも良かった。
全てに興味が無くなったしどうでも良かった。そんな日々を1ヶ月くらい過ごしたら勝手に4キロ減っていた。体重が減ったからといっても嬉しくなかった。
だが、1ヶ月経った頃、少し色が付いた感情が湧いた。あぁ、麦茶でも飲もうかなとふと思った。冷蔵庫から麦茶を出しコップに注いで一口飲んだ、味はあまりしなかったが少し昔の味がした。
「あぁ、こんな味が、気持ちがあったなぁ」と思った時には涙が溢れていた。その味は学生時代よく飲んでいた味。とても懐かしかった。記憶が蘇る、部活後のやり切った感情、家に帰っての夜ご飯、休み時間の友人との会話。様々な感情と記憶が頭を巡っていく。久しぶりに笑った気がした、大笑いではないけれど、心の中でクスッと笑えた。
それから、そんなすぐには食欲は戻らないが、少しずつ食べるようになった。お母さんが作った手羽先の味、よく食べた大好きなトマトパスタの味、熱々のタコ焼きの味、全てが懐かしくて、その度に心に色が付いていく。
昔は何も考えずただ美味しくて、幸せだから食べていた。それがこんなところで生きる力を届けてくれるなんて思ってもみなかった。幸せに食べている時は一瞬でしかないが、その時の感情は心のどこかで永遠に生きている。幸せに食べられる時が1番幸せで1番生きる力がある。
この時私は「なぜ人は食事をして美味しいと感じるのか」の理由を知った気がした。
色々な考え方はあるだろうが私はこう思う。「未来の自分に生きる力と幸せを届ける為」だと。
私はまたこれから新しい人生を歩いて行く。ただ過去は変わらない。だからこそ今日も私は全てを連れてご飯を食べる。
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