「焼きうどんなのに肉が入っていない。味もするようなしないような。なのに何で、この子たちは美味しそうに食べているんだろう」。
あの日、あの場所で抱いた疑問を言葉にしたら答えが見つけられるのではないかと思い、キーボードをたたき始めた。

肉のない焼うどん。おいしそうに食べる彼らをかわいそうだと思った

社会人になってから半年が経ち、週末に貧困家庭の中高生を対象にした学習支援ボランティアを始めた。出社し、終業後は会社の人達や友人と飲みに行き、土日は自分の好きなことをして、の繰り返しで、淡々と過ぎていく毎日。入社してからあっという間に時間が流れ、日常とは違う社会との接点が欲しくなった。そこでふと思い浮かんだのが学生の頃から関わりたいと思っていた子どもの貧困問題だ。

『ちくわと小松菜入り焼きうどんと、ふりかけおにぎり』。
初めてボランティアに参加した時の夜ご飯だ。子どもたちはおいしそうに、夢中に食べていたが、私はなぜかその姿をかわいそうだと思った。野菜は小松菜のみ、肉の代わりに細かく刻まれたちくわが使われていて、味付けも市販のかつおだしだ。

私が彼らと同じくらいの時の週末といえば、バスケ部の1日練習を終え、ドアを開けた瞬間、「ママー、お腹減った。今日の夜ご飯何?めっちゃ汗かいたからとりあえず、先シャワー浴びてくるわ~」とただいまも言わず玄関で叫んだ。お風呂から上がると、ちょっぴり平日よりも豪華で栄養バランスの整った夜ご飯を母が作ってくれて、テーブルの上に用意されている。2つ上の姉と父親の4人で、ああでもこうでもないって他愛もない話をして。「これ、めっちゃ美味しいね!!」とか「ちょっと今日の味が薄い…」とかいいながら食卓を家族で囲んでいたのになぁと思い返していた。

私にとって、今も昔も、家族と手を合わせて「いただきます」で始まり、みんなでご飯を食べ、「あ~お腹いっぱい。ごちそうさまでした」と食事を締めるのは、かけがえのない時間である。(今は「乾杯」ではじまり、締めくくりのない「あ~飲みすぎた」になっているが…)。そんな時間が当たり前のようにあった私は、今になって、どれだけ貴重なものであったかが分かった。

この子たちはどういう思いで食べているのか考えたが、わからなかった。みんな楽しそうにしゃべりながらうどんをすすっていた光景が不思議だった。週末の夜に帰る家が無く、地域の子供や大人達と過ごすしかないということに不憫さを感じていた。

何気ない。けれど、誰かと共有できる大切な日常の記憶

食べること。
それは、何気ない日常の一部かもしれないが、気づかないうちに誰かとの思い出となっていることに気がついた。例えば、「今までで一番美味しかった食べ物なんだった?」って聞かれたとすると何を思い浮かべるだろうか。
人によっていろいろだろう。

私がぱっと思い浮かぶのは、学生の頃、友人とヨーロッパ旅行をしていた時に「パリジャン風」と調子にのって食べていたスーパーの1ユーロ(100円)くらいのバゲット。エジンバラで暴風の中、歩きながら食べた、道端にあるペイストリー屋さんで買ったクリームたっぷりの巨大エクレア。そして、アメリカ留学中に狭い寮の部屋で、夜遅くまで話しながら、大きなコーヒーマグで飲んだ濃すぎるヴォッカのクランベリージュース割。挙げだすときりがないが、どれをとっても特に味が美味しいというわけではない。私にとって大切なのは、人や場所との記憶、「食べること」の延長線上にある思い出だった。

あの焼うどんと彼らが教えてくれた、「おいしい」レシピに必要なもの

あれから半年たった今、改めて「かわいそう」を振り返ると…。
あの夜ご飯の時、自分と彼らの境遇を並べ、比較していた私は浅はかだったと感じる。当たり前は一人一人全然違うし、同情からは何も生み出せない。本当ならみんなで夜ご飯を食べて、一緒に居場所を作るべきだった。家に帰って家族と食べるっていう選択肢がない、子供たちの「おいしい空間」を一緒に。もしかすると、それが誰かにとってのほんの少し特別な思い出になっていたかもしれない。

社会や環境が変化しても、人と人とのつながりの大切さは変わらない。物理的な距離を取ることが求められ、誰かと一緒に時間を過ごすことが難しくなっても。おいしいレシピに必要なのは高級な食材ばかりではないということを、子どもたちと焼うどんが教えてくれた。そのことを忘れずに、これからは何気ない日常に彩りを添えるような、おいしい思い出をたくさん創っていけたらな。