私の彼は味にうるさい。
ピクニックにお弁当を持っていけば、
「アスパラを入れるなら普通はベーコンで巻くと思うけどね。(真顔で咀嚼の間)でも美味しいよ」
家でカレーを作れば、
「具材はもう少し小さく切った方がいいね。(真顔で咀嚼の間)でも美味しいよ」。
「〈文句〉(真顔で咀嚼の間)でも美味しいよ」構文でもあるのか?どこの中学で習ったのか教えてくれ。とカチンと来つつ、
「大好きー!大好きー!私の愛がたっぷり詰まったお料理食べて!!お口に合うかしら…?(ドキドキ)」のテンションで作っているから、普通に凹む。
彼にダメ出しをされるまで、自分が料理を作ればみんなが喜んで美味しい美味しいと食べてくれる、作った人も食べる人もハッピーになれるのが料理だと思っていた。
その考えの起源は私が初めて一人で作った料理、スクランブルエッグにある。幼稚園生の私は背後のお父さんとお母さんに見守られながら、椅子に立ち、家にある調味料を手当たり次第に入れたスクランブルエッグを作った。それを両親は「味付けが絶妙だ!」「天才だ!」「手際がいい!」「火加減が最高だよ!」とべた褒めして本当に美味しそうに頬張ってくれたのだ。それから私はマイ包丁を買ってもらい、日常的に料理をするようになった。
料理するのがつらくなったのは必ずダメ出ししてくる彼のせい
こうして両親が大切に大切に培ってくれた自尊心を私の人生にポッと現れた彼は平気な顔してかっさらった。本来なら「美味しいね。楽しいね」で済むはずの時間なのに料理も食器洗いもろくにしない彼の評論家気取りが私の中に奇妙な緊張感を生む。ここは料理の専門学校なのだろうか。ああ、ダメだ。私、彼に料理を作るのが怖い。
そんな矢先だ。バレンタインデーがやってきたのは。どうにか手作りチョコレートから逃れようとあれこれ策を練る私を他所に、彼はにこにこしながら「期待してるね」と言った。そのキラキラとした笑みを見て違和感が浮き彫りになる。この人、味にうるさいけれど自分のために私が手間暇かけて料理をこさえることにはしっかり満足を覚えるタイプなのだ。
そういえば以前、彼が「結婚したら共働きにしようね」と言った5分後に「仕事から帰ったら家から美味しそうな匂いが漂っていてほしい」とほざいていた。ウーバーイーツかな?と僅かな希望を残して深掘りすると、私が彼の帰りに合わせて手作りご飯を作って待つということらしい。共働きで。この瞬間、この人とは結婚しないなと思ったので喉まで出てきた「どっちもは無理だ」は飲み込んだ。
ワクワクしないバレンタインチョコ作りに笑いを仕込んだ
そんなこんなでバレンタインレシピを調べるのも嫌になり、後回しにしていたらあっという間にデート前日になってしまった。とりあえず私は一番作りやすそうなトリュフを作ることにした。ホワイトチョコレートとラムレーズンのトリュフにシンプルなミルクチョコレートのトリュフ。もう昔のような料理に対するワクワク、喜んでくれるかな?というドキドキはない。固すぎる?柔らかすぎる?形が悪い?今度は何てダメ出しされるのだろう。不安は治らない。はじめはたんまりあげようと思っていたトリュフだが、球体の歪みを咎められるような気がして厳選を重ねているうちにボツが積み上がる。結局、私の合格が出たトリュフはたったの4つだ。
その時である。母が芽キャベツを買ってきたのは。私は彼の料理への審査を免れたくてボケに走ることにした。芽キャベツにココアパウダーを振って、彼にあげる4つのトリュフのうち、1つを偽物に変えたのだ。母は「ロシアントリュフなんて楽しくていいわね」とノリノリである。楽しくなればいいのだが……。これ以上自信を奪わないでほしい。私を認めてほしい。美味しいねって笑ってほしい。人を労わる気持ちを彼にも持ってほしい。色んな願いを芽キャベツに託した。ココアパウダーをかけられた不憫な芽キャベツさん、プレッシャーだったよね。ごめん。
違和感を飲み込みきれず、バレンタインデートは途中で帰った
バレンタインデートは散々だった。彼は一発目から芽キャベツを当てた。
「……何これ?」
彼は口を歪めた。あーあ、母よ、聞いてくれ。作戦は失敗だ。ココアパウダーかけ芽キャベツが不味いというだけではない、私に失望している顔だ。その時、気づいた。この人は嫌味で文句を言っているのではなく、あくまでもアドバイスとして私に教えてあげているつもりなのだ。私のために。私が彼の好みを勉強して尽くしたがっている、それが当然だと思って。
「普通じゃつまらないし面白いかなって!」
私はとにかく楽しい時間を彼と過ごしたくて気丈に振る舞った。彼はティッシュに芽キャベツを出して他のトリュフを口にした。そして言った。
「全部、茶色いやつでよかったのに。俺、ホワイトチョコレートって甘ったるいから苦手なの知らない?(真顔で咀嚼の間)でも茶色いやつは美味しいよ。だけどさ芽キャベツとかよくわからないのいいから」
明らかに不機嫌だ。私はお手洗いに行くふりしてそのまま家に帰った。
もう一度純度100%のワクワクドキドキで誰かのために料理したい
彼と過ごしている中で小さな違和感を何度も飲み込んだ。けれど初めに感じた違和感はほぼ100%外さない。彼とはさよならした。こんなことなら何か言ってやればよかった。「そんなに舌が肥えているならシェフでも雇えば?」とか「じゃあ自分で作れば?」とか「人の育て方、致命的に下手だけど大丈夫か?」とか。それが言えなかったのは、"俺は傷つきました"と言わんばかりの顔をされると想像ついたからだ。それから言いくるめられて、何故か私が謝る構図になる。
もし私が彼の立場だったらどうするだろう。相手が破壊的に料理が下手っぴだとして。作りたい気持ちがないなら無理して作る必要はないし、私が作るか、買うなりお店で食べるなりするだろう。作りたい気持ちがあるなら一緒に作ればいい。少なくとも彼のように、毎回、口に合わなかったことを突いて自分は何もしないというのはあり得ない。
幸い、彼以外に私の料理に突っかかってくる人は周りにいないので、料理嫌いは治りつつある。でもやっぱりバレンタインの苦い思い出は上書きできないでいる。いつかスクランブルエッグを作ったあの頃のような純度100%のワクワクとドキドキで誰かのためにバレンタインチョコを作りたいな。