初めての彼氏だった。大好きで大好きで、彼に愛されたくて必死だった。

ショッピングの時に「似合う」と言われた服は極力買った。その服を着て彼のお家に行き「可愛いよ」と言ってもらう幸福感は何物にも変えがたかった。

初めての彼氏は、いつも私を「可愛いよ」と褒めてくれた

私が彼と出会った大学1年生の春、彼には好きな人がいた。彼の高校時代の先輩で、違う大学に通っていた。当時、私は彼を友達としてしか見ていなかったから「俺、この子の大人っぽい雰囲気が好きなんだ。身長が高くて茶髪のショートヘアはすごく好きだ」という酔った時のお決まりのセリフを気に留めたことはなかった。

しばらくして、彼は先輩に告白をした。彼が先輩にフラれた晩も、私たちは一緒にお酒を飲んだ。

その後、私たちはどんどん仲良くなり、彼が私のことを好きになり、私も彼のことを異性として好きになり、付き合うことになった。初めての“彼氏”だった。

彼はいつも私を褒めてくれた。料理を失敗した時もただテレビを観ている時も「可愛いよ」と言ってくれた。彼に対して不満はなかった。たくさん触れ合って、たくさん「可愛いよ」と言ってもらえる日々。

でも、彼が他の女の子と話しているのを見るたびに少しの不安がよぎった。心の中で「私は身長が低くて童顔だもの、大人っぽくはないわ」と誰かが囁く。一度その声が聞こえてしまったら、日に日に大きくなっていった。彼の「可愛いよ」という言葉を「大人っぽい雰囲気が好きなんだ」という言葉がかき消す。

彼好みの女の子になりたくて、「自分自身」を押し殺していた

身長と顔はどうしようもできないと思った私は、髪を切った。もちろん茶髪のショートヘアだ。鏡に映る自分は自分ではないような気がした。これで大人っぽくなれたかなと思い、嬉しかった。早く彼に会いたい。彼に褒めてもらいたい。彼好みの女の子になりたい。彼と会う時間が待ち遠しかった。

彼との約束の時間。いつものように彼のお家に向かい、合鍵でドアを開ける。「きたよー」と大きな声で言いながらコートを脱ぐ。彼がドアを開ける。私は何だか恥ずかしくて彼を見れなかった。いつも通り「いらっしゃい」と彼が言う。いつもより少し間があったのは、気のせいだろう。彼はいつも通り私を抱きしめる。「髪、切ったんだね」と彼が言う。「うん、茶髪にもしたの。どうかな?」と私は聞く。彼は私のことを抱きしめながら、小さい声で「可愛いよ」と言った。

その後の私は、大人っぽい服を着るようにした。スカートよりもズボン、ピンクよりも紺色を選んだ。髪を伸ばすこともやめた。「大人っぽく大人っぽく」これが合言葉だった。髪を伸ばそうかと数回悩んだ。でも、その度に「大人っぽい子がタイプなんだ」と聞こえる。彼に気に入ってもらえるなら、自分自身を押し殺すことは容易だった。

いつからか、彼は私に「可愛いよ」と言わなくなった。聞いたら答えてはくれるけれど、彼から言うことは無くなった。言われなくても、今の私は大人っぽい彼好みの女の子だし大丈夫と開き直った。少しずつ私も服や髪型の感想を聞かなくなった。必然的に彼が「可愛いよ」と言うことは無くなっていった。

彼好みの「大人っぽい女性」になったのに、どうして…?

ある日、彼に「別れよう」と言われた。突然だったといいたいところだが、溝が深まっていることは分かっていた。でも、原因が分からなかった。いつか別れを告げられてしまう。彼のタイプの大人っぽい女の子でい続けなければフラれてしまう。それしか頭に無かった。涙をこらえて「どうして?」とだけ呟く。

「いつからか可愛く思えなくなってしまったんだ。大人っぽい雰囲気というか。前の方が好きだったよ」と彼は言った。それを言われた瞬間、時が止まった。気がした。止まったのは時ではなく、私の思考だ。

「どうして? どうして? どうして? 大人っぽい子が好きなんじゃないの?」しかも、大人っぽくなかったからフラれたんじゃない、大人っぽくてフラれたのだ。意味が分からなかった。彼に抱きしめられながら大号泣した。私は、どうしたら良かったのだろう。

彼と別れて1年が経つ。今ならフラれた理由がはっきり分かる。彼はありのままの私が好きだったのだ。ただそれだけだ。彼はいつも「可愛いよ」という言葉で、ありのままの私を肯定してくれていた。

彼が大人っぽい先輩が好きだった事実はある。だからといって、私の魅力は大人っぽいことではないし、彼は私に大人っぽさを求めていたわけではない。そもそも彼の先輩と私は全く違う人間だ。そのことに私は、気づけなかった。相手に気に入られることしか考えず、自分を押し殺す人を誰が魅力的だと思うだろう。

今の私は黒髪ロング。合言葉は「ありのままの私が1番可愛い」。