私は、東京出身になりたかった。
幼い頃に生まれ育った土地の雰囲気って、歳を重ねてもどことなくその人の雰囲気に影響を与えているような気がする。
私は、田んぼと山に囲まれた田舎の出身だ。田舎と言っても、車で5分ほどいけばそこそこ栄えているいわゆるベッドタウンに着くので、本当の田舎に住んでいる人には怒られてしまうかもしれないけど。
田舎コンプレックス発動。うまく隠しても心のやもやは晴れない
小学校は近くに住んでいる農家の子が多かったから、自分の住む土地について何も思わなかった。中学生、高校生になり、私の住むところがいわゆる田舎と分類されることを知り、コンプレックスが発動した。
とりあえず友達を家に呼びたくない。こんな田舎に住んでいることを知られたら田舎者とからかわれてしまうかも、という気持ちが強かった。私はひたすら隠そうとした。そして自分自身の田舎臭さができるだけでないように流行のファッションを追い、メイクをした。
大学生になって東京の学校に進学した。実家から通っていたけれど、他に一人暮らしの友人がいたからわざわざ実家に来るということもなく、家を知られるという恐怖は消えた。
それでもコンプレックスはなかなか消えなくて、今度は東京出身の人がもつ雰囲気が違うことにコンプレックスを抱きはじめた。もちろん、人にもよるだろうけど幼い頃から都会で暮らす人にしかない、洗練された、育ちの良さを感じた。
私もできるだけその雰囲気を身につけようと、いろんな努力をした。幸い身長が高く手足が長かったので、なかなかうまくいっていたと思う。実際に東京出身かと思った!と言われた事もある。その時はとても嬉しかった。でも、なんとなく胸の中のもやもやはずっと消えなかった。
朝帰り。幼いころから慣れ親しんだ自然が私を包み、涙が滲んだ
大学3年の5月、友達の家に泊まった帰り道の午前10時ごろ、私は自転車で駅から実家に帰っていた。ちょうど田舎道に差しかかる頃、空気がハッキリと変わった。透き通って爽やかな、体の全細胞の一つ一つが目覚めて生まれかわるような感覚。何故だか気持ちがたかぶって、涙が滲んだ。
田んぼには田植えのために、新しく水を張っていた。太陽の光を反射して水の下に網目のような模様を描いていた。美しいと思った。遠くで鳥のさえずりが聞こえた。気持ちの良い朝だった。
なんとなくずっと心の中に渦巻いていたもやもやがすーっと消えていった。
大きく深呼吸をした。あぁ、私は自然が好きだなぁ。
どんな美しい夜景を見たって、涙は流れなかった。どんなに高級な洋服を買ったって、こんなに満たされた気持ちになったことはなかった。
私の琴線に触れるものは、幼い時期を過ごしたこの自然の中にあったんだ。
ようやく気付いた、何にも代え難い私の大好きな田舎
思えば、近所に住む人たちに悪い人なんていなかった。
記憶の中のその人たちは、私に素敵な笑顔を向けてくれている。
近所の農家さんが、収穫した夏野菜をカゴいっぱいに譲ってくれたし、
玄関の扉を開けっぱなしにしていてもかえるくらいしか家の中に入ってこない。
小学校の帰り道には、いつも近所のおばあちゃんの家でおやつをご馳走になってから家に帰っていた。
人と人との関わりが濃く、時には面倒に思うこともあるけれど、幼い頃に人の好意に囲まれ、たくさんの愛をもらって生きられたことは何にも代え難いものだと思う。
東京で生まれ育った人にしか身につけられないものがあるのならば、この美しい自然や人たちのなかで生まれ育った人にしか身につけられないものもある。
気づけてよかった。私は田舎が好きだ。