「そのビール一気飲みしたら結婚するって言ったらどうする?」

鳥貴族で、既に酔っている彼と対面で座っている。深夜2時に呼び出されて、のこのことやってきて、私は何故こんなことを言われてしまうのだろう。

叶いそうになると、冷静になる。私たちの「関係」ってなんだろう?

当時、私たちは彼氏・彼女ではないけれど、「お互いを裏切る事はない恋人同士なのだ」と彼に言われていた。「お互いのことは『好きな人』と呼ぼう」と。「なんだか素敵だと思う」と、彼は嬉しそうだった。やっていることは彼氏・彼女と何も変わらないのに、私は“公式”にはなれないらしかった。

そう言っていた彼が。メガハイボールを既に何杯飲んだか忘れた頃に「結婚」を口にしたとき、私は何も言えなくなって黙り込んでしまった。彼はきっと、

「飲む!」と私が即答すると信じていたと思う。黙り込んだ私を見て、少し焦った様子だった。「じゃあ結婚は言いすぎた。彼女にするって言ったらどうする?」と言い換えた。「飲む量も全部じゃなくていい、ここまで」とジョッキの結露に彼が線を引く。

私は、今自分自身が感じている感情を、全く形容できなかった。「その時になってみないと、わからない」なんて答えた。「今が、その時だったじゃん」と彼は言った。せっかくチャンスを与えたのに、みたいな顔をしていた。君が望んでいたことを、この酔っぱらった僕が、気まぐれに叶えようとしたのにといった感じに。

私は彼を。そして、彼は私を「幸せにできない」とわかっていた

本当は私たちの曖昧な関係を変えるきっかけを、彼なりに作ってくれただけなのもしれなかった。卑屈で自信のない私の性格が、時々こうやって二人の邪魔をする。深夜2時に呼び出されて、走ってきた時点で全ては明らかなのに、何を躊躇しているんだろう。何を急に、冷静に恥じらっているんだ。

でも、嫌だった。このジョッキを一生懸命空けて、ゲロゲロ吐きながら彼に正式に彼女にしてもらうなんて嫌だった。酔っていない彼に「僕たちちゃんと付き合おう」と言われたかった。

それにびっくりしたことに、自分が自分でなくなるほど愛している彼と「結婚してはいけない」と心のどこかでわかっていたようだった。

彼は私の代わりみたいに、残っていた自分のハイボールを一気に飲むと、メガハイボールをお代わりした。まだ、お店を出る気はないようだ。気まずい空気をここに置いて、あなたの部屋へ帰りたい。「何もかもを忘れて一緒に眠ろうよ」と思ったのは、私だけみたいだった。

彼は、彼の家族の話を聞かせてくれた。家族と過ごしている間、辛いことが多かったことは聞いていた。この日、初めて全ての詳細を聞いた。私になら何故か話せると、彼は少し泣いた。

随分と酔っぱらって陽気な彼と、冬の暗い朝4時にアパートまで歩いた。肩を組んだり、他人の家にピンポンダッシュしようとするのを止めたり、彼のばらまいた小銭を拾ったり、その間にどこかへ消えた彼を探したり、徒歩5分もないはずの道のりを、20分近くかけて、帰った。

この恋愛は、彼のせいでもなく、弱くてずるい「私」のせい

彼に愛されているのか、私が彼をちゃんと愛しているのか、私はわからなくなっていた。弱いところを見せてくれるけれど、それさえも彼は武器にして、私を操っているように見える時があった。「俺はキッパリ別れたいけれど、あの子が離れてくれないから」と周囲に言っているのも知っていた。

ふざけんなよと思う気持ちと、私が彼をすっかり信じさえすれば苦しみからも解放されるのに…という気持ちがないまぜになり、正しい判断なんてできるわけがない。

彼をスウェットに着替えさせ、床で寝ると駄々をこねるのを全身の力を込めて無理やり立たせ、ベッドに投げるように寝かせた。

毛布をかけると、半分寝たと思っていた彼が目を開いて私を見て「君が『うん、うん』って僕の話を聞いてくれている間、奥さんがいたらこういう感じなのかなって思ったんだ。そんなことを思ったのは初めてだったんだ。君が話を聞いてくれる時、僕はいつも嬉しい」と言った。「やめてよ」と心で叫ぶ。離れられそうになると、グッと引き寄せられる。

起きたら、彼が全部忘れていることはわかっていて、私は隣のソファーで泣きながら眠った。「お前が変わらなくちゃ、何も終わらないよ」という自分の声を聞きながら眠った。「もうやめてくれよ」なんて自分勝手なのだ。彼は変わらない。

翌朝、彼は冒頭の部分からもちろん一切覚えておらず、当然のように私を触った。私は初めて、彼を拒んだ。