「89年生まれ、ヒコロヒー」と「82年生まれ、キム・ジヨン」の共通経験

「89年生まれ、ヒコロヒーでさえ似たような経験があるなあ」とは、韓国でムーブメントを起こした小説「82年生まれ、キム・ジヨン」を読んでいるうちに幾度となく思った事だった。

韓国ではアイドルが読んでいると公言しただけでバッシング対象にさえなるという同作は、韓国の家父長制、男尊女卑、女性の生きづらさというものをキム・ジヨンという女性の人生をなぞっていく事で浮き彫りにさせていくという、ある種の「フェミニズム」的な捉え方をされている作品である。

変質者に遭遇後「短いスカートのせい」と説教する大人に、父がブチギレた

作品の中でキム・ジヨンが痴漢に遭遇した際、恐怖が拭えぬ状態のジヨンを迎えに来た父が「痴漢に遭うのは本人の不注意のせいだ」と強く叱責する場面がある。これは性犯罪を犯そうとする加害者ではなく、性犯罪の対象となった被害者を糾弾する、ひどくショッキングな場面である。

89年生まれ、ヒコロヒーとしても似たような経験はあり、学生時代に変質者に遭遇してとことんブチギレ倒していた折、駆けつけた大人に「お前がスカート短くしとんのがあかんのやろ」と説教された事がある。「そんなわけあるかあ!?」とブチギレ倒させて頂いたのだが、キム・ジヨンは葛藤し、悩み、苦しんでいた。

私はすこぶる短気だったというだけで、そしてそれはどう考えてもあまり褒められたものではないのに毅然とした態度でこうして文字なんかをのうのうと連ねているわけだが、きっと私には祖父や父が一緒になってキレ倒してくれたことが大きかったのかもしれないと、今になって思う。

父の言い分としては「目の前にスカート短い女がおったって普通の男はそんな事せんからな、男が悪いもんやとだけは思ったらいかんぞ」というものだった。もし私が自分の父にそう言われていなければ、ジヨンの父のような発言をされていれば、私も彼女と同じように苦しみから逃げられなかったことは想像に容易い。

男性陣にとっては「キム・ジヨンとあなたにとって大切な女性」の共通経験でもある

他にもキム・ジヨンの人生を眺めていると「あるわなあ」と胸の奥を抓られるような痛みが走る瞬間が多々ある。しかしこれはキム・ジヨンとヒコロヒーの共通経験ではなく、きっと「キム・ジヨンとあなた」の共通経験でもあるのだ。そして男性陣にとっては「キム・ジヨンとあなたにとって大切な女性」の共通経験でもあるだろう。

社会において女性が経験するいたみというものの公約数が一体何なのかという点が、非常に明確になっている一冊である気がしている。だが、当初から「フェミニズム」を大きくど真ん中に語りたくて、この本書はあったのだろうか。恐らくそうではないのではないか。私たちはただ、キム・ジヨンの人生を、そして自分のたったひとつの人生を語ろうとしているだけなのではないだろうか。

社会の「当然」を疑わない全ての人が加害者になり得る

フェミニストというものの定義を未だに「男嫌いで女性の権利ばかりを声高に叫ぶ過激な思想の持ち主」と捉えている方には驚きの情報かもしれないが、きっとキム・ジヨンは、男嫌いなんかではなくて、女性の権利をと声高に叫びたいわけではなくて、ただ自分の感性を、発言を、生き方を、女性だからという理由で奪われたくなかったという、そう願っていたという話なのではないだろうか。そしてそれを奪っていたのはきっと男性だけではないのだ。男性だけが常に加害者であるわけでは決してなく、社会における「当然」というのものを疑わない全ての人々が加害者になり得てしまうのかもしれない。

処方箋のないカルテには途方もない絶望感に暮れたものだが、昨今では、これまでの「当然」に疑惑の眼差しも向けられやすくなっている。特に「フェミニズム」というものに関して正しく理解しようと努める動きが盛んになってきたことも確かである。この世には逞しく手を取り合ってくれる男性達もいて、しなやかに抗い続ける女性達もいる。状況は少しずつ良いほうへ変化している事も決して忘れたくはないと思う。

2020年、絶望だけに駆られるのではなく、82年生まれのキム・ジヨンが成せなかった生き方も、これからを生きる私たちはきっとできると信じてみたい。

ヒコロヒーさん初の小説集「黙って喋って」1月31日発売

ヒコロヒーさん初の小説集「黙って喋って」が1月31日に発売されます。「ヒコロジカルステーション」で連載中の小説を加筆し、さらに書き下ろしも。朝日新聞出版。1760円。