その日は、気分が高揚していた。友達とホテルの28階で、夜景を見ながら中華のフルコースを食べた。

最高に気持ちよく、胃が満たされほろ酔い気分で歩いていると、とてつもなく顔が好みの男性がいた。友達にそれを告げると「声をかけよう」と間髪入れずに言われて「無理!」と断ったが、高揚感に背中を押されあれよあれよと彼の前に。

「一緒に飲みませんか?」と言うと「いいですよー!」と快諾してくれた。隣を歩きながらドキドキと胸の高鳴りが抑えられなかった。

顔がとてつもなくタイプの彼は、意味不明な発言だらけの変な人だった

彼は変な人だった。名前を聞かれたが、答える前に「みゆちゃんって言うんですね!」、LINEを聞けば「それは無理ですね~メールなら良いですけど!yahoo.以下教えてください!」、どこに住んでるか聞くと「えっそれは、この後うちに来るってことですか?」その他、下ネタやら意味不明な発言だらけで困惑の連続だ。

彼の先輩曰く「今は酔ってるけど真面目で良い奴、彼女いないし」だそうで、お膳立てもしてくれたが変なノリで回避される。カオスだ。でも、自分の仕事については、突如ガチの熱量で話し出したり、時折自分のキャラに照れ出したり、何故か憎めなくて、そして顔がとんでもなく好みで、しかも周りにバレないように手を繋がれて、私はだんだん惹かれてしまった。

しかし、連絡先は聞けずお開きとなり、見かねた先輩が「電話番号をあいつに教えておく」と言ってくれた。数分後に電話が来て、そのあとショートメールでやりとりをした。そして、そこから1ヶ月経った。進展どころか、その日以降会えもせず連絡さえも取れていない。

私は、心のときめきに素直になりたいけど「安心感」が欲しい

はっと我に返り、何をしているんだろうと考えた。後悔云々ではなく、今欲しているものと行動の乖離が自分でも訳がわからない。結婚前提の恋人を作り、同棲をして、ゆくゆくは子どもが2人欲しいと思っているのに、実際は顔が好みでクレイジーな男に惹かれている。1ヶ月経つ今でも、ふと連絡を取ってみようかなと考えてしまう。いや、なんなら1回電話しました。不通でしたけど。

心のときめきに素直になろう。そう切り替えればいいのか。でも、違う。やっぱり私は結婚がしたい。子どもが欲しいし、家庭を作りたい。それはまだ遠い未来だとしても、私はすきな人のために家事をしたいし、安心感を与え合いたい。そう、私は安心感が欲しいのだ。

恋愛は疲れる。感情の浮き沈みをコントロールし、読めない相手の言動に振り回され、無事付き合えた後にお互いの価値観のすり合わせをし……安心感を得るまでにたくさんの過程を超えなければならない。しかも、その過程は繰り返されることもあるのだ。もういい。次で終わりにしたい。一生を共に過ごす前提で、恋人を見つけたい。それは心からの願いだ。だから、変えたり諦めたり手放したりしたいわけではない。

「ときめき」と「安心感」どっちも手に入れたいけど…

胸がときめいたり、惹かれたりすることを止められはしない。だけど、今回はあまりにも無謀だ。まずLINEを聞いて断られた時点で、何かあると思ったほうがいい。しかも、いくら酔ってるとはいえテンションも発言も意味がわからなさすぎる。考えれば考えるほどに、頭の中で警報が鳴り響く。

でも、スマホを握れば「また電話してみようか」と電話番号を探してしまう。彼についての記憶を手繰り寄せて、こんな文章を書いて残そうとしてしまう。あんなにも顔が好みで、かつ変な人に出会ったことはない。

もちろん、恋人関係になりたいという気持ちがあるのは認めるが、それと同じくらい彼に対する純粋な興味が止まない。彼に対する「なんで?」が解消されない限り、ほかの人に目を向けられる気がしない。事実、その後予定していた男性との食事を断ってしまったり、入れていたマッチングアプリを消したりと、散々だ。

ときめきと安心感。どちらも手に入れたいし、入れられるはずだ。でも、気付けば安心感を蔑ろにし過ぎている私がいる。どちらかに振り切れればいいのか。今日もあの日握られた手の感触を思い出してため息を吐いている。