早く会いたい。大好きな彼のためなら、5分なんて巻けると思った

先日、バイト終わりにバスに乗り込むとき、ふと昔のことを思い出した。
とは言っても、つい数ヶ月前のこと。
私が唯一好きになった、セフレの彼。

彼とはじめて会う約束をした日、私は急いでいた。
いつも20時に終わるバイト。普段どう頑張っても20時20分のバスにしか乗れないのに、その日は20時15分のバスに乗ろうとしていた。彼の家まで届けてくれるバス。それを逃せば、次はさらに15分後の20時30分。正直間に合いそうにないので、後者のバスで向かおうとしていたのだが、その日はどうしてか20時15分に間に合う気がしていた。

「本気出したら少し早いバスに乗れそう!」とLINEをすると彼は嬉しそうで、「じゃあ本気出して!」とすぐに返事をくれた。5分ぐらい巻ける!と張り切って、21歳にもなって階段をダッシュしたりした。

それでも間に合わなかった。20時15分のバス。
15分後にやってきたバスに渋々乗り込んで彼の街へ。

ふと思い出したあの頃。数ヶ月前なのに記憶はずいぶんと色あせている

彼は所謂イケメンという部類の男だった。そのうえ身長も高い。スタイル抜群。柔軟剤の香りが心地いい。
正直に言おう。一目惚れだった。今まで見たどんな男たちよりずっと魅力的だった。

その夜に私たちは身体の関係を持ち、その後もズルズルと続いたものの、結局好きになったのは私だけで彼の心は動かなかった。私が育んでいたつもりだった愛はとても空虚で、架空のそれだった。
最終的にはセフレという関係ですらもいられなくなり、私たちの関係は自然消滅。気付けば彼との思い出も、密かな恋心も、この数ヶ月でどんどん上書きされて古ぼけていった。

話は冒頭に戻る。先日、バイト終わりにいつも通りバスに乗った。最近効率の良い動き方と程よい手の抜き方を覚えた私は、20時13分のバスで帰路に着くのが日常になっていた。

そのとき、どうしてかドタバタ走ってバスを追いかけようとしたあの頃の自分の姿がフラッシュバックしたのだ。私の指先は忙しなく、彼の家の最寄りのバス停を検索しようとする。しかし思い出せない。彼とのことはもう、こんなにも色褪せてしまっていた。

マップを開いて彼の家付近を探してやっと思い出したバス停の名前。ああそうだとスッキリした頭で、そのままバス停の時刻検索。彼の最寄りまで連れて行ってくれるバスは、何時何分発だったっけ。あ、20時30分、これがいつも乗ってたやつだけど、本当はその前の20時15分に間に合わせたくて、でも間に合ったことはなかったんだっけ。彼との思い出の引き出しを片っ端から引っ張り出して、やっと全部思い出した。

この結末が待っていても、もう15分あなたに会っていたかった

今となっては、急がなくとも20時13分のバスに間に合うようになった。あーあ、もう少し早く要領掴めていたらな。

20時30分のバスでも充分だった。だけど、今の私なら一本早い、20時15分のバスに乗って会いに行けていたのになあ。たかが15分の差かもしれないけれど、結局会えなくなるのなら、そう決まっていたのなら、もっと頑張っていたら良かった。15分長く一緒にいられたなら、もっと、あんなこともこんなことも。架空の愛を何度だって育んでいたかった。

20時13分のバスに、私はゆらゆら揺られてこれを書いている。どんなに頑張っても間に合わなかった20時15分のバスと、どんなに想っても届かなかった彼を思い出しながら。