「このピザ作ったの、○○さんでしょ?」
A先輩が窯からシーフードジェノベーゼのピザを取り出した後、私を見て言った。
あぁ、また私が疑われている。
大学生の頃、私は宅配ピザ屋で働いていた。内気な私には接客業への自信は全くなかったが、家から近いという理由だけで、そこを選んだ。
スタッフは店長以外みなバイトで、15人ほどいる。メイクと呼ばれる、調理・電話受付・テイクアウト対応担当は私を含め5人。ドライバーと呼ばれる配達担当は10人いて、うち5人は、その時の状況に合わせてメイクもこなす二刀流であった。この5人には、店長以外誰も頭が上がらなかった。彼ら5人がなぜメイクの枠に入らないかというと、ドライバーの方が時給が高いからだ。
いつの間にかできた「ミス=私」 人のミスまでなすりつけられた
私はバイトを始めたばかりの頃、ミスを連発した。フライドガーリックをかけ忘れたり、住所を聞き間違えたり、挙げるときりがない。通常の新人よりもミスが多かったようで、二刀流の先輩たちを呆れさせた。
そんな私でも、数か月経った頃には、ミスをほとんどしなくなり、周りの先輩たちが何をどこまで作っているかまで見る余裕ができていた。
ところが、初期にミスを連発していたことと、私以降新人が入らなかったことから、ミスのあるピザ=私の作ったピザという等式が、ほとんどの先輩の間で成り立ってしまっていた。その結果、先輩のミスまで、なすりつけられるようになった。
例えば、メイクのB先輩がパプリカを入れる量を間違えたシーフードジェノベーゼのピザを、二刀流のA先輩から私のミスと疑われ、当のB先輩は知らんぷりをしていたり。他には、照り焼きチキンのピザに短い髪の毛が入ったとクレームが入ったとき、私はそのピザを作っていなかったのに、先輩たちが私を真っ先に見たり、などといったことが何回もあった。内気な私は、疑われても、私じゃないという言葉を飲み込んで、「あっ…いや…」「えっ…」っとぼそぼそ言うだけで、何にも反論できなかった。初期にたくさんミスをして迷惑をかけていたのは事実だし、仕方のないことだという思いもあった。
内気な性格は私の個性。でも、それだけじゃだめだと気づいた
ある雨の日だった。普通の平日なのになぜかたくさん注文が入った。そんな日に限ってメイクは私一人。猛烈に忙しく、店の空気は殺伐としていた。私は、何でこんなド平日に注文集中するの、もう疲れた、早く帰りたいと心の中で愚痴を言いながらも、顔にも口にも出さずに一生懸命働いた。22時半になりオーダーストップした後、その日の店長代理であった、年下の二刀流のC先輩が、私をまっすぐ見てこう言った。
「今日のメイク、○○さんでよかったッス。愚痴一つ言わずに働いてくれて、ほんとありがたかったッス。」そう言って、お礼にとジュースを奢ってくれた。
バイトを始めて、思ったことを口に出せない内気な性格が、初めて功をなした日だった。嬉しく思うと同時に、内気さを発揮して得する場面は限られていると気づいた。
初期にミスを連発していたという後ろめたさがあるからといって、自分のしていないミスまで引き受けると、余計に信用されなくなって、悪循環だ。かといって、いきなり自己主張の強い人にはなれないし、自分の内気さも個性として受け入れてあげたい。だから私は、まずは自分が不利な立場に追いやられそうになったとき、できる限りの自己主張をしようと決めた。
もう黙るのはやめた。「私が作ったのはシーフードのピザです」
そこそこ繁盛していた日、店長が窯から取り出した野菜のピザを見て、調理場にいたメイクの私と二刀流のD先輩に向かって問う。
「これ、ブロッコリー入ってないよ。作ったの誰?」
D先輩だ。私はそのときシーフードのピザを作っていて、D先輩が野菜のピザを作っているのを横目で見た。それなのにD先輩は、
「俺じゃないッス。」
とぶっきらぼうに言った。ひどい。また私になすりつける気だ。だけど私は、これまでの私とは違う。心を落ち着かせて、はっきりと言った。
「そのピザを作った覚えはないです。私が作ったのはシーフードのピザです。」