皮っぺら一枚に青春時代を振り回されたこと、私と彼の共通点だった。

同棲中、お風呂を上がると私たちは皮膚にあれこれ塗りたくるのが日課だった。お風呂の順番は、私が先で後に彼が入る。

お互いの肌コンプレックスを「思い合った」触れ合いが私の癒しだった

私はニキビ、ニキビ跡の色素沈着と毛穴の開きをなくしたい、色白になりたい、体毛を薄くしたい…と嘆いていた。その他にも外見のコンプレックスは、一重や太ももの太さなど多々あった。

彼は、見た目に苛まれる私を想って「そのまままでいいのに」と言いつつ美顔器や基礎化粧品、脱毛器具、除毛効果のあるローションなどをよくプレゼントしてくれた。それらは、Amazonの口コミからTwitterに溢れる美容垢のバズったツイートに至るまで調査してだ。私は、せっせとそれらを塗り重ねる。その作業が終わった頃に、彼がお風呂から戻ってくる。

次は彼の番だ。彼はアトピー持ちだった。子どもの頃より改善されたらしいが、それでもいつも痒みと戦っていたし、夏でも長袖長ズボンを着て関節周りを隠していた。私も私で、アトピーにいいらしいローションを入手して「どうか彼の皮膚がよくなりますように」とお祈りしながら彼の身体にそれを塗った。そのとき彼は、自分でもローションを塗り、手の届きづらい背中には私が手を貸した。

セックスとも違う、お互いを思い合った触れ合いが私の癒しだった。同じように彼を癒したかった。二人としていたことは、毛繕いみたいなものだろう。

いつ誰に言われたかは思い出せないけれど私たちの関係を「傷の舐め合いだね」とコメントされたことがある。貶すつもりで発したのは明らかだが、私は「傷の舐め合い」という言葉が妙にしっくりきて気に入った。

Wikipediaには「『似たような不幸の下にある者がなぐさめ合うこと』で、しばしば、ただ互いを甘やかし合うことへの軽蔑の意味を含む」と記されている。

その通りだ。でも、それの何がいけないの? と私は開き直っていた。考えてみれば、二人の間には不幸があった。彼は顔もいいし背も高くて頭もきれるから、渇望の的にされていた。そんな彼と私が繋がれたのは、似た不幸があったから。

彼の言葉は、コンプレックスばかりの私を「優しく」包んでくれた

私が彼を好きになれたのは、人の痛みがわかるほど傷ついてきた人だったから。つまりは、完璧に思われがちな彼の古傷というギャップにやられたのだ。不謹慎だけど「彼が不幸だった過去にありがとう」を言いたいくらい、不幸が彼を優しい人に育ててくれた。

彼は努力でどうにもならない肌があることを知っているから、デリカシーに欠けたことを言ってこない居心地の良さがある。それは肌に限らなかった。無理やり引っ付けた二重も、白出汁くらいあっさりしてる一重も、体重の増減も「まるごと好き、そのままでいい、でも変わりたい気持ちもわかるから手伝えることはするよ」と常に伝えてくれた。

昼寝している私の体毛を観察しては「太陽にあたるとたんぽぽの綿毛みたい」と言っていた彼の横顔は、別れた今でも忘れられない。彼も彼で、皮膚のコンプレックスがあった私だから安心してかっこ悪いところをさらけ出せたのだろう。

確かに不幸があった彼と私が、不幸繋がりで親密になれた。でも、だからといって「二人でいつまでも不幸のままいよう」と生きながらに心中したわけじゃない。沼の中でお互い抱きしめるふりをして、足を引っ張り合う傷の舐め合いも世の中には存在するけれど、私たちの傷の舐め合いはそれとは違っていたと思っている。

まだ膿んでいる傷やかさぶたを記憶から消えない誰かの言葉や外の世界の些細な一言で、掘り返されて家に帰ってくる私たちは傷を完治させるために舐め合うのだ。街に出て身体に染み付いたルッキズムの煙を浄化するため。そして、私たちが正しいと信じるために。

蜂蜜くらい糖度の高い言葉で、私たちは甘やかして甘やかされて

傷を舐め合うのは、気持ちいいからじゃない。そうしないと生きていくのが、どうしようもなく苦しいからだ。

私たちは生きるために傷を舐め合った。「その身体が好きだ。人が汚いと言っても、そのままでいい。でも、変わったって好きなままだ」と、蜂蜜くらい糖度の高い言葉で甘やかして甘やかされて。

側から見たら異様で、気持ち悪い。「傷の舐め合いだね」と言ってきた人も、彼と私が別れたことを知ったら「ほれみろ。傷の舐め合いは長持ちしない」と得意げになるかもしれない。

でも、私たちはきっと間違えていない。恋に消費期限はつきものだし、彼と出会えて傷を舐め合い、私の傷は確実に良くなった。

別れたからといって、逆戻りすることもない。例えば、元恋人に「ブス」と言われたら別れた後も引きずるのと同じで、彼が携えてくれた言葉のプレゼントは離れても終わらない。

昔、言われた心ない言葉を夜な夜なフラッシュバックさせて、何度も何度も傷つくように、彼の蜂蜜のように甘々で優しい言葉も脳内で自動リピートされ傷を治癒してくれる。一人の今でも。

だって、言葉に賞味期限はないから。