「痩せても太ってもないから、痩せたほうがいいよ」

ショックで言葉を失った。あまりにも屈辱だったし、聞き流せなかった

彼と付き合って一ヶ月とすこしで言われた言葉にわたしは面を食らった。というのも、わたしは今まで“太っている”なんてこと1度も人生で言われたことがなかったし、当然ながら“痩せたほうがいいよ”も言われたことがなかった。一般的に見れば痩せていると評されるであろう体型は、しかし、特別に痩せたからだを好む彼のお眼鏡には叶わなかったらしい。それもそのはず、彼の一番身近な女性であるお母さまはバレエの先生をしていて、身長も小柄でかわいらしいと聞いていたから、彼がか細い女性を欲するのは、生育環境からして仕方のないことだったであろう。(はっきり言って、男はみんなマザコンだ。)

初めてそんな経験をしてから、また少し時がたって、彼の車の中でさらに衝撃的なことを言われた。

「からだのラインがさ、すとーんとしてて、くびれがなくて、なんていうの?ドラム缶みたいなストレートさだよね」

これには流石にショックを受けて言葉を失ったわたしに彼は、ごめんごめん言いすぎたなんて言ったけれど、この言葉は痛いくらいに記憶に残った。実はこれまでにも、「身長158cmなら45kgが妥当」等と、世の女性たちが聞いたら一揆でも起こしそうなレベルの無自覚な暴言を吐かれてきたのだが、それは男って夢見がちだよねと考えて聞き流せた。けれども、“ドラム缶”呼ばわりはあまりにも屈辱だったし、聞き流せなかった。

それからわたしはジムに通い始めた。わたしはポテトチップスがこの世で一番好きな食べ物で、自分の胃が全盛期を迎えていた中高時代に比べると劣るが、それでも2日に1回は食べるくらいだった。だけど、それも全部やめた。夜に炭水化物を摂ることも控えて、からだを絞ることに専念した。ジムは週に3度は通って、ひたすらマシンと向き合って筋トレ。やり始めるとストイックな自分の性格のおかげもあるし、屈辱的な気持ちを味わったことも理由のうちではあるが、なにより彼が好きだった。彼の視線をずっとこちらに向けていたかった。まわりの友人には、そんなデリカシーも思いやりもない男とは早く別れたほうがいいよと言われていたし、頭では分かっていたけれど、でもやっぱり好きだったのだ。どうしようもなく。

愛されているような気がした。好みの体型に近づいて、褒めてくれて

彼はわたしに愛をささやかない人だった。付き合う前はたくさんの愛情をくれたが、付き合ってからはどこを見ているのかわからなくなった。わたしに気持ちがあるようにも思えなかったし、愛情を示しても返ってくることはなかった。彼は、「付き合う前はおふざけの一環でなんとでも言えるけど、人のこと好きになったことがないから、会いたいとかそういう気持ちもわからない。彼女だから会わなきゃとは思うし、楽しいから一緒にいるよ」と言っていたけれど、わたしには到底わからない気持ちだった。
「好きじゃないなら、何故一緒にいるの?それって意味ある?」
いつも浮かんでくる言葉を喉の奥にしまい込んで、うっかり口にしてしまわないように、常に注意を払っていた。彼を否定しなくたって、努力して彼の理想の女性になれば、いつか愛してくれるかもしれないと信じたからだ。だから、彼の理想のからだになれるように、がむしゃらに努力した。そうして、彼の好みの体型に近づいていって、彼が会うたびに、からだを見て嬉しそうに褒めてくれることが何よりもうれしかった。愛されているような気がして。

馬鹿馬鹿しいけれど。大好きな彼のために頑張れる自分が好きだった

けれど、あっけなく彼との関係は半年ほどで終わった。わたしに愛情を抱けない彼は、別れることにも何の違和感も抱いていなかった。彼の態度に耐え切れなくなって別れをけしかけたわたしの方が、よほどショックだった。涙腺が壊れたかと思うくらい涙が流れたし、やりきれない気持ちを彼にぶつけて傷つけた。いまも時々、無性に泣きたくなる時がある。

彼と別れて時間が経ったいまも、わたしはジムに通い続けているし、食事も制限して順調に痩せている。くびれのあるからだになったし、顔も一回り小さくなった。けれど、わたしは以前のからだに不満など一つもなかったし、今もそうだ。それでも結果的にジム通いをやめずに、毎日鏡を見ているのは、怖いからだった。やってきたことをやめたら、彼と過ごした時間も全部無駄になってしまったと錯覚してしまいそうで。彼はもうわたしに視線を向けてはくれないと、頭では分かっていても、心がついていかなかった。

自分のからだなのに、他の人のために変えたいだなんて、馬鹿馬鹿しいけれども、わたしは大好きな彼のために頑張れる自分が好きだったのだ。いまはその気持ちを忘れたくない。だから、わたしは今日も鏡の中の自分のからだに視線をやる。いつかまた、視線を向けてほしいと心から願える人が現れるまで。