私の職場にとある男性の方がいる。年は私よりずっと上。彼は職場で「ちょっと変な人」という扱いを受けている。私もそうしている。

私はそれが怖くて仕方ない。

職場にいるあの人は、「普通じゃない」。そう思う私も、普通じゃない

私の部署はいわゆる閑職で、病気で体を壊した人とか、激務過ぎて精神的に不安定になった人たちが休憩がてら腰掛けるところである。それに加えて「仕事ができない」と評価された人たちが集められる。中央の大事なところにいると組織が成り立たなくなるから、どうでもいいところに飛ばして何かあってもダメージを受けないようにしているのだ。

何てひどいこと言うんだと言われそうだけど、事実そうなのだから仕方ない。
そしてその職場の中でも分断がある。病気や激務で一時的にここにいるだけの「普通」の人と、ここにいるしかない「普通じゃない」人。薄皮一枚隔てたようにその境が横たわっている。

私の職場にいる「普通じゃない」人、要するに冒頭の男性は、会話がよくわからない。今その話してなかったんだけどなあ、と言う方向にしょっちゅう話がずれる。その人は普段職場の会話に参加しないけれど、たまに会話の輪に割り込んでくると、空気がぴりぴりする。皆がなんとなくその人を持て余しているような空気を感じる。そして彼が会話の輪から去ると、途端に空気が緩む。何だったんだろうね、みたいな顔で皆が話を始める。
実際彼の会話は誘導尋問のようで、自分の聞きたいことを相手から指摘してもらいたいという意図を感じる。私の考えすぎかと思っていたがそうではなく、周囲の人たちも同じことを思っていた。
何だ私だけじゃなかったのかと安心すると同時に、そうやって彼を会話の種にしている自分がものすごく嫌になった。私はどう考えても彼と同じ「普通じゃない」側の人間なのに。

普通でいなきゃ。そんなの気にしてるのは私だけって、わかってるけど

私はちょっとおかしい人間だ、と思う。
人とまともに会話を成立させられないし(成立しているのは会話相手がとても優しくコミュニケーション能力があるだけ)、動きもなんだか挙動不審だ。見た目もよくない。仕事もできない。実際前の部署では「普通じゃない」人間として扱われていた。だから今の部署に来たのだ。
彼の扱いは見覚えがある。そのくせ、自分が一番普通だの普通じゃないだの考えて人を差別している。それが辛い。自分の中の価値観で判断したら、自分が一番まともじゃないくせに。

私は友達が極端に少なくて、友達の結婚式への出席とかその他諸々、普通の人が経験することを取り逃がし続けている。同期からも遠巻きにされている。私は要するにそういう人だ。

真っ当なコミュニケーション能力がない。
なのに今、普通の人たちの仲間のような顔をして振舞っている。

でも本当はわからない。何が普通で真っ当で正しくて、どうしたら普通の振る舞いができるのか。毎日綱渡りしている気分になる。少しでもまともじゃない振る舞いをしたら途端に崖の下に落ちるような気持ちでいる。ストレスだ。自分が過剰に気にしているだけだなんてことはわかってるのに、それでも気にせずにいられない。

自分の価値観で他人を差別して、自分さえ嫌いになる。そんなのは嫌だ

これから先、私の人生はどんどん普通じゃなくなっていくんだろう。彼氏もいないし、ルームシェアができる仲の友達もいない。比喩ではなく、お先真っ暗だと感じる。普通の擬態は更に難しくなるだろう。職場で私がいつまた普通じゃない人間として薄皮の向こうに位置づけられるのかと考えると怖くて仕方ない。吐きそうになる。

自分の振る舞いを直せばいいだけだし、そもそも他人はそんなこと気にしていない。今の職場の人たちだって、何も彼を苛めているわけではない。むしろかなり懐広く迎え入れていると思う。普通だの普通じゃないだの考えているのは自分だけで、私がただ浅ましいだけだろう。わかっている。でもどうしたらいいのか本当にわからないのだ。

結局のところ自分の気の持ちようなのだろうか。そこまでの強さを手に入れられる気がしない。自分の中の価値観で他人を差別して自分も嫌って、どんどん首が詰まっていくのを想像すると、この先の人生すら嫌になる。
こんなことばかり気にして綱渡りする人生は、生きる価値があるのだろうか。

私はわからなくなってしまっている。