助手席から見る彼って、どうしていつもの50倍カッコよく見えるんだろう。
じっと前を見つめる横顔、右側を確認するときの首筋、しなやかにカーブを曲がるハンドルさばき。
何回私をときめかせれば気が済む?勘弁してよ、なんて思いながら、そんな瞬間を一瞬も見逃したくなくて、私は彼をじっと見つめる。
対向車の1台1台に、私の彼、かっこいいでしょ?と幸せアピールをしたくなる。
その時の私に言いたい。誰も対向車の助手席なんて見てないよって。
あなたが車を運転するとなりに、わたしがいる喜び
あの時の彼へ。
"バイト先の先輩"じゃなくなって数ヶ月。
やっと敬語も抜けて、下の名前で呼ぶのにも慣れてきた頃。
「横浜にドライブに行きたい。」
私の願いを叶えてくれてありがとう。
夏のはじまり、夜遅く、しかも雨。
当然人は少なくて、自然に歩くスピードも、流れる時間もゆっくりになっていったね。
飛鳥号を横目に、ブルーでライトアップされたウッドデッキを歩く。
あの角を曲がったら折り返し。靴はもう雨に染みて、でもそんなことはどうだっていい。
あなたが横にいる。同じ時間を共有している。あなたが私のために時間を使ってくれている。たったそれだけで信じられないくらい喜んでたの。
今来た道を戻ると今日はもうさよなら。あの時も寂しさは感じたよ。
でもあの時の私に言いたい。今日だけじゃなくて、もう彼とはさよならだよって。
突然の別れ。あなたを思い出しそうで横浜に行けなくなった
たった2週間後。
約束した夏祭りだって行ってないし、来週水族館誘おうと思ってたのに。
いきなり別れたいってLINEで言われた時は、驚きが大きくて寂しさは感じなかった。
明日の誕生日、レストラン予約してあるんだけど?
とりあえず、レストランじゃなくてもいいから話そう?
そのメッセージの返事くらいしてほしかったな。
私たちの関係は、突然壊れた。
毎日毎晩泣いて、ふと思い出して泣いて、似ている車が通るたびに運転席を見た。
既読にならないメッセージを送って、でもしつこくして嫌われたくなくて、でも理由は聞きたいし。
吹っ切れたと思った次の日に恋しくなったり、あなたはまだ私のことが好きだって思い込んだり。
現実を見えないフリして、だってそうすることでしか気持ちを落ち着かせられなかった。
でも皮肉なことに、女の勘ってこういう時だけ嫌になる程、鋭い。
あなたはもう戻ってこない。心の底では分かってた。
あなたを忘れるまでどれだけかかるだろう。私はちゃんと楽しかったよ。
秋の訪れを感じる余裕もなく、気がついたら冬になりかけていて。
肌寒くなった街を少しずつあたためるような、幸せそうな無数の小さな光と、その街を1人で歩く人恋しさ、やっと追いついた寂しさと虚しさが現実を突きつけた。
あなたは私にたくさんのはじめてをくれたし、私の憧れだった。
食べ終わったポップコーンバケツと一緒に駐車券を捨てようとする癖だって、駐車場では端以外の場所に停めないこだわりだって。全部大好きだった。
でもね、本当に好きだったから。本気で好きだったから。思い出して忘れられなくなりそうで横浜には行けないし、一緒に歩いた道を歩くと突然その時の会話が頭に流れてきたりする。
もう4ヶ月も前のことじゃん、男なんて山ほどいるのに、どうして一人に執着してるの?バカみたいって思ったり。でもあなたを好きだった頃の私も、私。楽しかった時間も、事実。だから簡単に心から追い出すなんてできない、って思ったり。
もしひとつだけ質問できるとしたら、なんでいつもあなたの3歩後ろを歩いていたか知ってる?って聞きたい。でも、私を捨てたあなたに答えなんて一生教えない。
新しい彼と乗っている車の前に、彼の車を走らせてほしい
でも、私はもう怒ってないよ。ヨリを戻したいなんて思ってないし、今さら会ってわざわざ別れた理由を聞き出したいとも思ってない。
もし偶然街中でばったり会ったとしたら、笑ってありがとうって言いたい。出会って、付き合ってくれてありがとう、楽しかったよって。お礼、言えてないから。それでお互いの幸せを願える、そんな関係でいたい。
あなたは強かったから、別れなかったらここまで強くなろうって思えなかった。私をこういう考えにさせたのも、彼。だからこそ、私は前に進む。
でもね、神様。私は少しだけ強がってる。
だからもし、私に味方してくれるのであれば、新しい彼と幸せなドライブデートをしている時に、対向車に彼の車を走らせてください。きっと私は幸せアピール全開で助手席に座っているから。