私は、【 ふつう 】に憧れている。
このことを言う時だけは普通という言葉を使いたくなる。
普通は○○だ、とか、こんなことは普通だとか、そんな言い回しが苦手だ。
何故なのか、それは自分でもわかるようでわからない。憧れているが故からなのかもしれない。
多分昔は、使っていたであろう。普通はこうだよ、そう、数年前までは、使っていたかもしれない。気付いたらこの言葉を使った会話や文章が苦手になっていた。
私は普通じゃない。そう自覚しているからなのだろうか。
歌うことや話すこともままならない、そんな期間が2年以上続いた
そもそも普通って、人それぞれ違うから、普通なんてものは無いって、そう思っている。
でも、それでも、私が ふつう というものに憧れているのは、普通に生きることが出来なくなったからだと思う。
周りからは、夢や目標を持って生きて素敵だね、自分らしいねとも言われる。嬉しいし幸せなことだ。
でも、私にとって、生きることは普通ではない。戦いだ。
統合失調症や双極性障害、痙攣性発声障害などを患って、それを実感した。
でも、私は、歌が歌いたい。シンガーソングライターとして生きていくんだ。
この思いは揺るぎなかった。
薬の副作用で首が硬直して人の目を気にしながら歩いたり、体の力がなくなってその場に座り込んだり、幻聴や幻覚に悩まされたり、頻繁に迷子になって家に帰るのが困難だったり、人前で叫んだり、見知らぬ人に声をかけたり。今思い返しても、普通ではない。これらは、早期発見や入院により良くなった。
だけど声が長期間思うように出なくなったり、歌うことや話すこともままならない、当時働いていた居酒屋でも思うように仕事が出来ない。気持ちもふさがったまま、治療法も見つからない。
そんな期間が2年以上続いた。
でも、周りの人もファンの方もめげずに応援してくれていた。私には、諦める選択肢はなかった。
歌えなくなって、気持ちを込めて表現することを学べた
病院もいくつか通い、試せる治療法は試していって、生活も見直し、できることはやった。
そしてようやく、最近、声が出るようになってきた。本当に、ようやく。
歌えることが、楽しい、幸せ。心から思う。正直、歌えなくて、喋れなくて辛い時の方が多かった。歳だけをとってしまったような気がした。
でも、気持ちを込めて表現することを学べた。この過程は、私には無駄ではない。
私にとって、歌うことは生きること。生きるために歌っている。歌うために生きている。
音楽がなかったら、音楽仲間がいなかったら、生きていない。大袈裟でもなく、本当に、そう思う。
普通や当たり前だったことが、そうではなくなって、初めて気付くこと、それは誰しもあるとは思う。
葛藤を抱えながらも、普通を超えて、特別な毎日を大事にしたい
普通に生きられたら、どれだけ幸せだろう、そう思ってしまう私もいます。色んな意味で、そう思う。こんな時にだけ、普通を使うのは、狡いとも。
でも、普通を超えていく。
普通は、音楽の道を、諦めなければいけない歳。
そんなの、いやだ。という、わがまま。
ふつうに、働いて、
ふつうに、家族で過ごして、
ふつうに、恋人を作って結婚して、
ふつうに、子供を作って、育てて
それも全部普通ではない素敵なこと。
私も、色んな葛藤を抱えながらも、普通を超えて、特別な毎日を大事に生きていこう。
特別な日々を与えてくれた、出会ってくれた人達へ、ありがとう。