木曜日の夜、心配性な私は明日の荷造りを始める。
いつもの仕事用鞄からお財布、ポーチ、イヤホンを取り出して、一軍バッグに詰め替える。
指を使って必要な下着の数を数え、最小限の服で最大限のお洒落を目指して鏡の前でファッションショーを繰り返す。もちろん天気や気温も確認済みだ。
日常の華やか部分だけを切り取ったような一軍バッグの横に、膨れ上がった旅行鞄をそっと置いて安心して眠りにつく。頭の中では明日のスケジュールの再確認が始まっている。
返さなければいけないメールの順番、資料の準備が必要な会議の数、集中して作業に取り掛かれる隙間時間と業務量。それらを全て、新幹線の乗車時間と照らし合わせて逆算する。

遠距離恋愛となった私たちが会えるのは、金曜の夜から日曜の夜まで

金曜日の朝、荷物の多さを隠すようにオフィスへ滑り込み、旅行鞄を休憩室のロッカーに詰め込む。何事もなかったように席に着いた私は、浮ついた心が見透かされないように、上司から食事の誘いを受けないように、慎重に迅速に業務をこなしていく。
今日は金曜日。華の金曜日。愛の金曜日。
大学4年生から付き合っている彼とはもう付き合って3年。就職を機にいわゆる遠距離恋愛となった私たちが会えるのは、金曜日の夜から日曜日の夜までの2.5日。
この2.5日を私は愛して愛して愛してやまない。
定時から30分過ぎた18時、新幹線の乗車時間19時15分にあわせて徐々に仕事を収束させていく。普段より早い退社時間に罪悪感を抱きつつ、気配を消してそそくさとオフィスを後にした。

世界が色づきはじめる。感情のない無機質な生活から私は解放される

少し冷たい外の空気が鼻に入り、世界が色づきはじめる。大袈裟だと思うかもしれないが、この瞬間、感情のない無機質な生活から私は解放されるのだ。
駅にはいちゃつくカップルや、合コンの待ち合わせと思われる集団がわらわらと集まり始めている。私はその人だかりの間を最短ルートでくぐり抜け、新幹線乗り場へと急ぐ。
普段は楽しげに騒ぐ他人に冷たい目を向けてしまうひねくれものの私だが、この瞬間だけは彼らと幸せをわかちあいたいと思ってしまうものだ。金曜日最高ーーーーー!!!

“今乗った!予定通りです!”と乗換案内のスクリーンショットとともにラインを送る。化粧直しのために到着20分前にアラームをかけて、座席に深くよりかかる。
彼とまだ会えてないこの時間さえ愛おしい。もうすぐ会えると考えることが許されるこの時間が愛おしい。

彼のことも好きだが、なによりも彼と過ごすこの時間を愛しているのだ

いつも一番可愛い私を見てほしくて、待ち合わせ前にもう一度近くのトイレの鏡と向かい合う。既にネクタイを外して、一週間の疲れをそのまま連れてこちらに歩いてくる彼を見て、私だけ整えてバカみたいと思うのに、何度でも自分の姿を確認してしまうのだ。

遅くまでやっている近くのビストロで食べたいものを食べたいだけ彼とオーダーする。店を出て、手を繋いで歩き、彼の家に帰る。あまり人には言えないけど、お風呂だっていつも一緒に入る。この一つひとつの瞬間のために私は生きているのだと思う。もちろん彼のことも好きだが、なによりも彼と過ごすこの時間を愛しているのだ。
ベッドに入り、明日の予定を決める。寝る前に映画を1本観てしまったため、時計は既に午前3時をまわっている。たぶん明日は起きたらお昼過ぎだろう。

パジャマも着替えずベッドの上で宅配ピザを彼と頼む。きっとそのまま夕暮れまでベッドの上で過ごすことになるだろう。愛おしい愛おしいこの瞬間を噛みしめながら。日曜日の夜が近づきはじめるのを心の底から恐れながら。