えっちゃんがうらやましかった。えっちゃんはよく笑って明るくて、けれど上品だったので入学早々に人気者になり、お昼休みには何個も机を並べ賑やかにお弁当を食べていた。頑張って話しかけてやっと友達を手に入れた私とはえらい違いだ。彼女と同じ制服で並んでも自分だけ垢ぬけないように見えて、制服のかわいさだけが売りの高校を恨んだ。

みんなと接するように、私とも接してくれた。まさかここまでとは

 他校に彼氏がいる。流行りのバンドが好き。ディズニーのペンポーチ。えっちゃんは見るからに“ふつうのかわいい女の子”で、私はそのふつうがうらやましかった。

 美術部の門を開くと入部希望者の数人の中にえっちゃんがいて、私はぎょっとした。彼女は私を見ると嬉しそうに声をかけてきた。

「里美ちゃんも美術部なんだ!同じクラスの人いないと思ってたからうれしい」
「私もうれしいー。えっちゃん絵描くの好きだったんだね」
 話すのもほぼ初めてなのに、えっちゃんはみんなと接するように私とも接してくれた。性格も良さそうだとは思っていたがまさかここまでとは。そこからえっちゃんとはクラスでのグループは違えどちょくちょく話をする関係となった。

 その関係性をいきなり断ったのは私だった。夏休み前、誰にも言わずに突然学校を辞めたのだ。中学校もろくに通っていなかったし、高校だってどうせ最後まで通えない。投げやりになりバイトに明け暮れる日々を送っていた。

えっちゃんも辞めるとは。連絡しなくも彼女には何の影響もないけれど

夏休みに入ったあたりだろうか、美術部の友人に会う機会があった。久々にお互いの近況を話す中で、何となく彼女のことを聞いた。
「そういえばえっちゃん元気?まだ部活来てる?」
「それが、えっちゃんも学校辞めちゃうんだって。最近は学校にもあんまり来てないみたいで」
「ええ!?」
 そんなこと一切知らなかった。中退してから一切連絡をとっていなかったのだから当たり前だ。LINEを見てみるとえっちゃんはとっくに退会していて、私はその友人に頼んで彼女の新しいLINEを教えてもらった。
 家に帰りさあ連絡しようと試みたが、何と声をかけたらいいのかわからない。そもそも友達というほど話していた訳でもない。私はただのおせっかいで、このまま連絡しなくたってえっちゃんには何の影響もないのだ。
 でも。それでも。私は中学の時のことを思い出した。

 些細なことから学校に行けなくなってしまったこと。「ふつうじゃありえない」「あなたはふつうにはなれない」と親教師同級生全員から指をさされたこと。そんな中でも声をかけてくれる生徒が少しだけいて、それが嬉しかったこと。えっちゃんは声をかけられても迷惑だろうか。迷惑だったとしても今後会うことは多分ない。それならもういいや。私はえっちゃんに「久しぶり!」とLINEを送った。

私の連絡を喜んでくれて、なんと今では定期的に会う仲になった

 えっちゃんは私の連絡を喜んでくれて、そして少しだけ事情を話してくれた。私の中退後クラスが荒れ始めたらしく、持病がひどくなっちゃったと苦笑していた。勝手にえっちゃんを元気で陰のないふつうの子だと決めつけていた自分が恥ずかしくなった。私は自分の事情も少し話し、偉そうだけど私みたいな人もたくさんいるから大丈夫だよと、少し迷った末に送った。ありがとう元気出たと返事が来て、お世辞だとしてもうれしかった。

 その後になぜかえっちゃんと遊ぶことになり、そしてなぜか定期的に会うようになり、二人とも進学が決まり彼女の体調も回復したようで、今も割と元気にやっている。仲良くなってみると彼女は意外とやんちゃで強かで、私はあの先入観のつまらなさを思い知った。最近は三十路ダメ恋愛の漫画にハマっているらしく、この前あらすじを全部説明された。ちょっと元気すぎる。
 私の知らないところでも、きっとみんながふつうを取り繕って生きているのだと思う。
 「ふつう」という曖昧な枠は今日も形を変え、私たちを飲み込もうとしている。