今年の年越しはあまりに暇すぎて、やりたいことリストなんてものも書いてしまった。2020年、出来なかったことだらけで、捗る捗る。実現できるかはわからないけれど、まぁ良い。
フリーランスのクラシック演奏家の私は、いつもなら「年頭所感なんて不要だ!」と豪語しながら、その年の何回目かもわからぬベートーヴェンの交響曲第九番を弾き終え、火照った身体と高揚した精神を宥めるべく酒を干しながら年を跨いでいる。皆様の清き年越しの裏では私のような人間が、わんさか働いているのでございます。

クラシックの演奏家としての仕事がまったくできない年末だった

しかし今年は8ヶ月になる娘を育てている最中、残念ながら酔いに身を委ね酒に飲まれることができない身なのである。むしろ、演奏家の酒量が増えがちな師走に予定が入っていないことは、救いとも言えよう。
「こんなにのんびりしたお正月はじめて!」
私の暢気な言葉に、電話越しの母親は、
「良かったわね。普通、子供が生まれて初めての年越しってバタバタして大変なのよ」
と苦笑している。
今年は里帰りもせずに年越しだ。出産直前に越してきた家は、大掃除の必要もない。近所のレストランはコロナ禍でテイクアウトを始めたから、クリスマスもおせちもそれで解決だ。不幸中の幸いってこういうことを言うのかも。

とは言っても悩みは尽きない。
フリーランスの演奏家というと聞こえはいいが、コロナ禍で演奏の仕事は激減した。年末にはパーティーの演奏の依頼も数件舞い込んだが、予防接種も完了していない娘がいる中でそのような仕事を今引き受けることは気が引ける。
補助金なんてとうの昔に使い果たしている。外出もしていないのに、どうしてお金が出ていくんだろう?
そう思ってクレカの支払い明細を見ると、身に覚えのあるお買い物ばかり。見慣れぬチラシを見比べながら特売品を選んだとて、出ていくお金は引き止められぬ。
あーあ、お金が稼ぎたい。というより表現がしたい。人と繋がりたい。世の中に必要とされたい。
仕事の依頼がないのって辛い。世の中に必要とされていない気がする。演奏してないのに演奏家を名乗っていても良いのだろうか。

降りてきた「天啓」で決めた出産。緊急事態宣言にも動じなかった

こんな気が滅入るような状況の中で私を支えているのは、娘を授かる前に得た確信。一昨年の夏、夫の実家へ行った直後のことだった。
「あ、今なら子供を産める」
天啓のようなものが降りてきたのだ。結婚して約半年。子供は30を過ぎてからと考えていたのに。受けたいオーディションも控えていたのに。
この確信はなんだろう。まるで、これから生まれる子が、私をそそのかしているようにしか思えなかった。
よし、産むと決めたら産むのみ。
そこからはとんとん拍子にことが進んだ。つわりはほぼ無く、新婚旅行のドイツも満喫。ビールが飲めなかったのは痛手だったが、夫の運転でニュルブルクリンクサーキットも走った。
臨月までは地方での仕事もこなし、ヨガのレッスンも続けていた。私はがしがし働き、娘はぐいんぐいん動いた。とにかくご機嫌な親子だったのだ、私たちは。
そんなわけで緊急事態宣言が出ても、動じなかった。産院の母親学級が中止になり、面会制限が始まり、立ち会い出産のタイムリミットがどんどん短くなり、遂に出産予定日直前に夫の立ち会い禁止になってしまった時、それを悔しそうに打ち明ける助産師さんを私は逆に元気付けてしまった。
心強かったのだ。
そんな緊急事態にも関わらず、私のお産を支えてくれる人がいることが。
「肝が据わってるね」と言われたけれど、演奏家として本番をこなすうちに身についた度胸なのかもしれない。

演奏ができなくても、私はやはり演奏家なのだと思う

先生やベテランの演奏家から幾度となく言われてきた言葉がある。
「舞台に上がったら、どんなハプニングが起きようとも演奏を止めてはならない、絶対にね」
この言葉の意味を、多くの演奏家は身をもって知っている。舞台では、想像もしなかったようなことが起こる。
合わせの段階で決まっていた指示を吹っ飛ばす指揮者もいれば、切なく苦しいピアニッシモを弾き出すぞ、いざ!と息を吸った瞬間に客席からくしゃみが聞こえてくることだってある。どんなハプニングが起ころうとも、舞台で起こること全てを引き受けるのが演奏家。舞台の上でそれらを昇華させることができるのはその舞台に立っている人たちだけ。
だから、舞台に立つ前にやれる準備は全てやる。
起こったことの悲しい面だけ見ていたら、前には進めない。外した音を悔やんでいたら、次の音を迦陵頻伽(かりょうびんが)の鳴き声の如く奏でる準備に間に合わぬ。反省は、舞台を降りてからやればいい。
この心構えを忘れずにいられるから、私は演奏家なのだ。たとえ今、人前で演奏出来なくても。
私は2021年も生き抜く。来たる世界を見つめ続ける。日々の練習を怠らない。だって私は演奏家だから。