「ちゃんと働いてよね」これが今の母の口癖だ。
医療従事者として新卒で入り2年間働いた職場を年末で退職した。理由はただひとつ。フィットネストレーナーになりたいからだ。

私は、茨の道に進むと決めた。自分のやりたいことにチャレンジしたい

このご時世、医療系で働いていれば安定して高額な給料明細が届くのに、私は、その道を外れ茨の道に進むことを決心した。自分のやりたいことにチャレンジしたい。ただそれだけ。

トレーナーの資格を何一つ持ってない私は、アルバイトでしか雇ってもらえないのが現状だ。裕福な家庭で育ち、銀行員としてエリート人生を歩んできた母の首が縦に動くとは思えない。

「ちゃんと安定した職について、、、」
昔から言われ続けてきた。確かに、一家の長女がそうなることが親孝行なのだろう。

「ちゃんと」って?

安定した職について、毎月決まった額の給料をもらうこと? それが、本当にやりたい仕事だったら何も言うことはない。だが、多くの人はそうではないだろう。

名の知れている会社に入り、与えられた仕事をこなし、愚痴を吐く。言わずと知れた永遠のループだ。仕事に情熱も何も感じていなかったらただの駒。なのに何故、その場で働き続けるのだろうか。そして、毎月貰う給料になんの意味があるのだろうか。

ただ貰うだけでは、価値がない気がする。貰う意味があって初めてお金の価値が生まれるのだ。パッションを持って働き、仕事にやりがいを感じ、その分の給料を頂く。生きる為に稼ぐ。これが本来のあるべき姿ではないだろうか。

全てのことに関係しているお金と、関係していないものとは

食べ物、生活必需品を手に入れることから、他国と関わりあうことまで、全てのことにお金は必ず関係している。だが唯一、関係していないものがある。

経験だ。自分の人生での経験。
私は、みんなと同じお金を持つより、自分らしい経験を沢山持っていた方がなんだか豊かな気がする。

その経験を生かして、また新たなことにチャレンジ出来るかも知れない。
そしてまた経験をする。その繰り返しだ。

名の知れた会社に入り、与えられた仕事をこなしていれば経験は積めるかも知れない。けど、やりたくない事を嫌々やっていたらなにも身に付かないし、学べない。

人生の終わりはいつ来るかわからない。だから、本当にやりたいことを

人生の終わりはいつ来るかわからない、明日かも知れないし、68年後かも知れない。
だからこそ、自分の本当にやりたいこと、意味のあることをやるべきではないだろうか。

挑戦したい職に転職するのも、誰かに「ありがとう」と伝えるのも、数年ぶりに友人に会うのも、全部フリー(無料)だ。

歳を重ね同じところに居座り続けたり、結婚し子供ができたり、家族を養う様になると、責任が大きくなり、動き辛くなってしまうのは分かる。

でも、もう一度考えてほしい。

明日、世界が終わります。

「やり残したことはないですか?」

これが私の感性だ。