私が2021年に挑戦することは「サービス精神抜きに接することができる恋人を作ること」だ。
自分が思い立ったから今だからこそ、今年中に実現したいと目標を立てた。

私は、みんなが当たり前のように言う「好き」がわからない。
友達と話していても「ピュアだね」と言われて終わってしまうので、相手を選んで相談することにしている。
真剣に悩んでいるから。

「自分のどこが好きなのか」。相手の気持ちを信じられない。

昨年末、大掃除中に一通の手紙を見つけた。濃紺の封筒に入ったその手紙は、大学生の頃に3ヶ月ほど付き合っていた元彼からのものだった。
そこには私を真っ直ぐに想ってくれている文章が綴られていた。

当時も今も、手紙を読んで真っ先に浮かぶのが罪悪感だ。
「自分のどこを好きになってくれたんだろう」。ずっとその疑問が拭えないからだ。
なぜ自分は相手の気持ちを信じられないのか、みんなが言うように「好き」になれないのか。
今年こそ自分と相手を信頼できるようになりたいと思い、恋愛観を振り返ってみた。

異性と一緒にいる時の自分は、「自分らしくいることより、相手に嫌われないようサービス精神を発揮している」ことに気がついた。相手の行動に対して違和感を感じているのに、それをしっかり言葉にせず、勝手に醒めてしまっていたのだ。
たとえば、こんなことがあった。
食事をした後に「いいよ、いいよ」と奢ってくれるけれど、次も払わせてくれない。収入が大して変わらないのであれば、片方がおごられ続ける関係は不公平だと感じてしまうので、どうにか払おうとするが「カッコつけさせてよ」と言われると折れてしまう。
でも、「カッコつける」なら他の部分でカッコつけて欲しい。「奢ること」に固執されると、大事にされているより、相手の自尊心を満たすための存在だと思われている気がする。そう思うのに、それを伝えないからうまくいかなくなるのだ。

もう24歳。遊んでいたわけじゃないけど、自分からも逃げていた

これを繰り返していてはいつまでも先に進めないと思った。
自分の価値観をしっかり相手に伝えて、互いに理解し合いたい。
そう思える相手に出会うためにも、自分の価値観に沿った行動をとる。
今年はその行動の結果として恋人を作れるようになりたい。

友達には「もう24歳だし、そろそろ遊んでらんないから早くちゃんと恋愛しな」と言われる。
確かに年齢だけ重ねてきてしまったのは事実かもしれないが、これまでも遊んできたつもりはない。
ただ、相手からも自分からも逃げていたのだ。
譲れない想いは、相手にきちんと伝える。
それで嫌われたとしても、事実として受け止める勇気をもちたい。

自分のために、恋愛する。
私にとっての恋愛は、「まず自分を好きになる」ことから始まるのかもしれない。