「ねえ、今までの人生で一番ハメを外したのはいつ?」
メキシコ人の彼とデートした。冬晴れだった。彼はビーガンで、野菜しか食べない。豆腐でできた唐揚げを食べている彼は、訛りのつよい英語で私にこう尋ねた。

真っ当に生きてきた私。でもこのままじゃダメだと焦っていた

思えば、真っ当に生きてきた。
東京の自営業の娘に育ち、学校に通い、スポーツに明け暮れた。そこそこの大学に通い、普通に就職した。5年くらい働いたら、結婚して、子供もいるんだろう。産休が取れるのか気にして就活をしたっけ。何の疑いもない、普通の人生があると思った。

だが、1年前にロシア人の彼氏ができ、彼が帰国したことをきっかけに、私は心の中のどこかで、日本を飛び立ちたがり、さらに父や母が辿った典型的な幸せも欲しいと言う相反する感情に悩まされている。
その後も言語交流や、アプリを使っては、日本で生活している外国人と会い、恋人になったり、一晩の関係になったりしながら、恋愛も仕事もこのままじゃダメだと焦りばかりを募らせている。

私は答えた。うーん、1ヶ月フィジーに行ったことかな。語学学校に通って、ホームシックになって、持っていった最後の味噌汁を飲んで泣いた時に、私は日本人だなって初めて思ったよ。

彼は、日本語で言った。まさか!
日本語がつたない彼は、この数時間だけでもこの言葉を30回はつかっている。ありえない!不思議だ!の意味だ。
「ねえ、君は23だし、すごく美人だしスタイルもいい。日本なんてとんでもなく恵まれた国に育って、それが精一杯ハメを外したことっていうのかい?」

彼は私を抱きたいことはすぐにわかった。ようするに、僕とハメを外さないかと誘っているのだ。

彼は続けた。
僕は思うんだ、そりゃいつかはおちつかなきゃと思うよ。家族ができたら優先順位は奥さんや子供になるんだけど、ぼくはまだ28だ。あと2年は、僕が最優先で生きていようと思っているよ。結婚とか、恋人とか、そういうことに焦るのは、僕にとって無意味なんだ。今この瞬間の人生を祝福しないとね。

私は焦っていると一言も言っていないのに、どうして彼はそんなことを言うんだろうか。この後君を抱くけど期待しないでねということだろうか。私は疑心暗鬼で話を聞いていた。

「君は上手くいくよ、君を君の一番の優先順位にするんだ」

彼の家は片付いていた。ラテン系の音楽を聞きながら、チリのお酒を飲んだ。彼はメキシコの写真を出して、彼の町や、家族の話をした。
少し酔った私は、すっかりいい気持ちになって、陽気な音楽と、暖かい地域の話に夢見心地だった。

僕の秘密が欲しい?
僕はベジタリアンだけど、動物を可愛いと思ったことが一度もない。だからこそ、ベジタリアンなんだ。可愛いと思うことは、下に見るってことだろう?

私は彼の目を見た。真っ直ぐだった。思えば、かわいさは私たち女性にとって当たり前に欲しいものだった。男性に好かれるため、かわいいと思ってもらうため、ありったけのテクニックを駆使する。でもそれは、かわいい犬や猫にになりたいのだろうか。

ねえ、僕の目を見て、君は絶対に大丈夫だよ。今、なにもかもが上手くできていないとおもうだろう? でも、君は上手くいくよ、君を君の一番の優先順位にするんだ。僕を信じて、約束するから。

せっかく生まれてきたんだ。人生を祝福しなくちゃ

私はいつから、男性の目ばかりを気にして生きていただろう。この人は本気だろうか、私は軽く見られてないだろうか、この服は、話題は、香水は、表情は、、、。

せっかく生まれてきたんだ、人生を祝福しなくちゃ。彼は私の手を触りながら、そう繰り返した。
甘い香水、甘いお酒、陽気な音楽、サファイアのような青い眼差し。
日本を離れて、メキシコの海岸のホテルに来ているかのような気分だった。甘いキスは、麻薬のように脳みそを溶かした。

こういう時、いつも私は構えた。この後捨てられたらどうしよう。ふしだらな女は地獄に落ちるんじゃなかったか。来世でひどい動物に生まれ変わるか。でも、いいのだ楽しんでしまおう。なぜ、私たちは死んだ後や、生まれ変われることを漠然と信じてしまうんだろう、人生は一度しかないのに。女性だって性欲があったっていいじゃないか。楽しんでもいいじゃないか。

そうだ、せっかく生まれてきたんだ。人生を祝福しなくちゃ。今くらい、自分を最優先にしよう。見知らぬ人と愛し合っても、仕事をあっさり辞めてしまっても、実家にお世話になっても。いつかは、妻となり母となり、夫や子供へ、優先順位を移すんだから。

私と同じように悩む20代前半の女性へ。
大丈夫、私たちは同志だ。
人生を祝福しよう、せめて今だけでも、私たちを最優先にしてしまおう。

人生に祝福を。
どうか、私たちに溢れるばかりの自由を。