独特なフォルムと色っぽい見た目。「自販機」が私の世界を変えた

感性をテーマにエッセイを……と思ったものの、感性って、フワッとしててボヤッとしてて、掴みどころがない。だから今回私は、世界の見方がヤバいほど変わっちゃう話をしよう。15年近く前、私の世界をヤバいほど変えちゃった存在である。独特なフォルムと色っぽい見た目。それを人は通称「自販機」という。

自販機について軽く触れておこう。自販機は、不特定多数の人が時間を問わず商品を購入することを目的とした機械である。その歴史は意外と古く、なんと古代エジプトまで遡る。小銭の重さで作動し、聖水を売っていたようだ。日本で初めて作られたのは明治23年で、それが今に近い形になるまでは更に20年。普及し始めたのは昭和30年頃からで、そこから徐々に馴染み深い存在となり、今日に至るようだ。説明おわり。ご清聴有難うございました。

嘘はつきたくないのでハッキリ言うが、ここまでの説明は、ネットの海を徘徊しコピペして言葉尻を揃えただけである。つまり、私は自販機の歴史的背景に関して、全く興味がない。なぜなら、自販機の「独特なフォルム」と「色っぽい見た目」に惹かれているだけだからだ。ちなみに、分かっている。画面の向こうで、あなたが訝しそうに小首を傾げているのは。だから私は「ちょっと意味不明だから違うの読もうかな……」と動き出したあなたの指を、なんとしても止めなければならない。

目に映る景色を、指で作ったファインダー越しに眺める日々

(確か)中学生で習う美術に、「パース」というものがある。絵を描く際、描写体の遠近を捉えやすくする補助線のことで、絵の一番手前に当たる部分と、一番奥に当たる部分を直線で繋ぎ、大小を正しく描くためのものだ。もちろん知らなくても生きていける。だが私はそれが面白かった。校門越しの校舎、坂の上から眺める住宅たち、殺風景で平坦なコンクリ道に寄り添う電柱。学校帰りに点々と自転車を降り、親指と人差し指でファインダーを作っては、現実にはない補助線を思い浮かべた。完全にヤバい奴だった。

 私の地元は俗に言う田舎ってやつなので、目に入る色彩たちは角がなく、優しい。木々の緑、舗装された灰、その隙間を縫う茶。だから、いいアクセントだったのだ。自然物では出せない、鮮やかな赤や青の自販機が。

ふと気になって、ファインダーの中心をソレに向けてみる。消失点はなくなり、集中線がぐわっとソレに向かう(漫画の「なんだこれ!」みたいなシーンで現れる、斜線でビャービャー囲われたアレだ)。なるほど、なかなか映えるな。ビニールハウスと畑を背に、自転車を横付けした田舎娘はうんうん頷く。間違いなくそれがきっかけだった。誰にも共感されない、ヤバい遊びの幕開けだ。

色に溢れた都会で、自販機は「差し色」となって目を引いた

時は流れ、高校生。ヤバい遊びは続いていたが、表向きはなりを潜めていて、友達の頭越しにかわいい子(自販機)を見つけると、心の中で(お、いいね~)と目を付ける程度。つまりそのままヤバい奴だった。

そんなヤバい奴は、電車で小一時間揺られた先に、ナウなヤングにバカウケなものが溢れていることを知ってしまう。ある日、友達とのショッピングを名目に……いやちゃんと目的なんだけれど、初めて都会を自由散策することとなった。今まで都会=目的地までの風景だったので、目線は地図やら両親やらに向けられていて、観光地でもない街中の風景をじっくり見た記憶がない。大した目的もなくブラブラ歩くのは、妙に新鮮だった。

田舎と違い、都会は色に溢れていた。主にコンクリの灰だが、街頭広告や洒落たお店、道行く人々まで色鮮やかだ。おおお……と声が漏れる私。完全におのぼりさんである。友達の話を半分(以上)聞き流しながらキョロキョロと目を動かすと、至る所にマイハニー自販機ちゃんがいた。流石は都会、よりどりみどりだ。

パースの中の被写体力はもちろんだが、私は更に、都会ならではの魅力を発見してしまった。……なんというか、かわいいのだ。この感情を分かりやすく表現するならば、「コーディネートの中に差し色を加えるとグット!今日のポイントは艶やかな赤!」ってかんじ。ビルや看板など、なにかと「四角」が多い風景の中で、自販機は思ったよりも目を引く。まあそうならないと商売上がったりだ。彼らは無人商店なのだから。

尽きない自販機愛。きっと人はみな、“ヤバい”一面を持っている

そんな商売魂にいじらしさとたくましさを感じてしまった私は、ますます彼らに熱を上げることとなった。これはヤバい兆候だった。具体的に言うと、大学生になると本物のファインダーを覗くようになり、パソコンに「自販機ちゃん」というフォルダを作って、写真集が出来るくらいの自作自販機グラビアをひっそり保存し(後に趣味として、本当に写真集を作ることになる)、社会人の今、彼らへの恋文をエッセイとしてしたためる程度には。

さて、もっと爽やかに語る予定だったはずが、随分と熱烈になってしまった。まあ人の趣味なんてこんなものだろう。人の感性を覗き見しようという趣旨がそうさせたのだ。人はみな、ヤバい一面を持っている。多分。……疑うのなら、そのスマホを早くしまって。そしたら親指と人差し指でファインダーを作るのだ。その中に、あなたは何が見える? それ、あなたの世界をヤバいほど変えちゃう存在かもしれないよ。