感情を持つことは、幸せなことだ。些細なことで喜びを感じ、ひょんなきっかけで興味関心が生まれる。そんな感情に彩られ、私の日々は続いてきた。
しかしその裏腹、時には負の感情に振り回され、極度の疲労感を知る。物心がついた時からそうだった。

ある日、私は考えた。感情の起伏に嫌気が差した日であった。
どうすれば傷つかずにいられるであろうか。どうすれば自分にも他人にも優しく(無害で)いられるであろうか。

しかし、知らず知らずのうちに、私の行動がすでに「ある答え」を出してしまっていた。
それは、「向き合わない」ということ。私は平穏を求め過ぎるがゆえ、自分・他人・物事に対してあまり「向き合わない」技術を覚えてしまっていた。そしてこれも、物心がついた時からそうだった。

幼稚園の時の給食での出来事が「向き合わない」ことの最初の記憶

幼稚園のとき、私は食べるのが遅く、給食をいつも最後まで食べていた。うどんの汁をうっかりこぼしてしまったこともあり、担任の先生は私の見守りに疲れていた。
ある時、私はクラスで一人だけ、うどんに汁を入れてもらえなかった。カチコチの麺だけを渡され動揺したが、私は抵抗しなかった。

 悲しくなかったわけではない。不甲斐無い自分にも、分かってくれないであろう先生にも絶望し、「向き合え」なかったのだ。
 私はカチコチの麺をなぜか黙々と完食し、先生やクラスメイトは逆に困惑した。大事になるのを避けるため、帰宅しても誰にも一切話さなかった。

幼稚園児らしく、「どうして汁がないの、私にもうどんに汁を入れて!」って泣けば良かったのに。これが「向き合わない」ことの最初の記憶だ。

以降、今思えば概ね問題なく学生生活を過ごしていた。周りと同調し、喧嘩もあまりしなかった。言われた通り、学業やスポーツ・音楽などにも打ち込んだ。
「受け入れのいい」学生は、ある意味、自分の気持ちには「向き合わず」、敷かれたレールの上を真っすぐ走った。

別れ話に泣いて引き止めるほど自分とも相手とも向き合ったことはない

大学生になり、化粧や髪型も流行りに流された。人並みに恋愛もし、結論のでない恋バナを女友達と繰り広げ、時には理由も分からず盛大に振られた。ピアスも開けたかったが、母や当時の彼氏が悲しそうな顔をしたため、あっさりやめた。

ある時、「別れようと思っていた彼女が別れたくないって泣くから、別れなかった」なんて言っていた男友達がいたけれど、意味が分からなかった。泣いて相手を引き止めるほど自分とも誰かとも「向き合った」ことはなかったし、逆の立場でも同じく、もう一度その人と「向き合える」気がしなかった。でも、その知りもしない彼女さんがどこか羨ましかった。私もそんな風にわがままを言ってみたかった。

「向き合えない」自分の性質に気づき始めたのは、この頃だった。貧乏くじを引いたって、誰に心無いことを言われたって、ぐっとこらえて笑っていたはずなのに。
それなのに、長い年月を重ねた彼氏や友人との関係が、いつしかどこか変わっていった。
今思えば、私の言動はきっと無害であっても薄っぺらく、どこかよそよそしかったのかもしれない。長い付き合いを経て、私が真摯に「向き合えて」いないことを、見透かされていたのだろう。

職場で空気を読みまくる私より議論し向き合える同僚の方が格好いい

そんな学生時代も無事終わり、私は資格を取り医療現場に就職した。チームで仕事を行う日々の中で、今ますます「向き合う」ことの難しさを痛感している。
気づけばまた就職当初は空気を読みまくり、理不尽な説教や苦情にすら穏便に対応していた。善悪にかかわらず「すみません。」が口癖となった。

下っ端だから仕方がない、そう思い込んでいたが、同期の子達は違っていた。他の職種の方に対して真っ向から意見をし、議論を重ね、時には怒鳴っている姿を見て、驚きと同時にやはり羨ましく思った。
なぜなら、まずは自分の考えや気持ちに素直に「向き合えて」いるからこそ、怒鳴るほど感情的になれるからだ。また違う意見の相手と議論をし「向き合う」ことで、その場の空気が一時は崩れたとしても、結果的にはよりよいチームを作るための一歩を踏み出せている。
波風たてず無難に仕事をこなす私より、よっぽど格好いい。心底そう思った。

そんなこんなで私も先日「向き合って」みることに初挑戦した。傷つかないための防御反応として「向き合わない」自分から卒業するためだ。
まずは、意見の食い違った職場の同期に思いをぶつけてみた。結果としては、想像を絶するレベルで分かり合えなかった。筋が通っているわけでもない、ただただ大声早口の論破口調で、100倍返しに合った。内容どうこう以前に、いつもニコニコしている私に意見されたことも、しゃくに障ったのかもしれない。

向き合えない人生を続けることは寂しい。感情にもっと素直になりたい

でも自分の考えをはっきり認識し口にできたし、また同期の考えを知ることもできた。それだけでも私にとっては大きな進歩だった。
その他にも、「向き合う」キャンペーンの一環で様々な人と少し深い話をしてみている。自分の引き出しにはなかった面白い意見がたくさん聞け、世界が少し広がって見えた。

人の性は、なかなか変わらない。私が変わるにも相当努力が要りそうだ。でも、「向き合えない」人生を続けることは寂しい。感情にもっと素直になり、「向き合う」キャンペーンを続行していきたいと思う。

病院食堂で昼食を食べながら、今日もこんな煩悩に浸る。もう他の同期はとっくに昼食を平らげている。やっぱり今日も私が最後だ、早く食べて仕事に戻らないと。