さむっ…。
スマホに示されたのは外の気温が”1度”の表記だった。
「1度ってこんなに寒かったっけ?」
そんな気持ちが浮かんできたのは去年”マイナス〇度”を経験していたからだ。
日本海側独特のどんよりとした天気と空気感は、「なにかしなきゃいけない」「このままじゃダメだ」と焦ってばかりのワタシに”一旦停止”を告げてくれるようだった。
焦ってばかりで息苦しかった私が初めて掴んだ夢。ついに金沢へ
高校を中退してからずっとフリーターだった私はいつも焦ってばかりで、叶う予定もない大きな夢をとりあえず口にして「何かやっている風」を演じ、着実に大人になっていくみんなに追い抜かれないように、息苦しさを感じながら生きていた。
そんな私が初めて自分の手で掴めた夢。
金沢に住んでみたいと思い始めて5年以上が経った2019年の秋、やっとの思いで引っ越しができた。
大阪生まれ大阪育ち、スキーもスノボーもしない私は雪とは無縁の人生を送ってきた。そんな私が初めて体感した北陸の冬は”暖冬”だった。
みんなが口をそろえて「今年はあったかいよ」と言ってくるけど、実際気温はマイナスで、刺さるように痛い空気感はこれまで一度も体験したことがない冷たさで、これを”暖冬”と呼ぶのなら、”いつもの冬”はどれほど寒いんだろうと考えた。
長い距離を歩くんじゃなくて、冬の空気を噛みしめるように歩く
初めて経験する冬の寒さ。
でも、寒くて仕方がなくて「早く冬が終わってほしい」なんてことを思ったかと聞かれれば、そうじゃない。
元々冬の空気感が好きで、あったかい部屋から外に一歩踏み出たときに感じる澄んだ空気はこの時期にしか感じられない特別なもの。普段あまり散歩をしない私が唯一外を歩きたいと思うのは冬だった。
長い距離を歩くんじゃなくて、冬の空気を噛みしめるように歩く。
音楽はなんだっていい。わざわざ冬らしい曲をかけなくても、スウェットのうえに適当に羽織った厚手のコートさえあればちゃんと冬を感じることができるから。
だから、この街の刺さるように痛い空気にほんの少しだけワクワクした。
雨みたいな雪が横殴りに降っていた日。多くの人が「今日は外に出るをのやめて、明日晴れたら買い物に行こうかな」と思う日に私は外に出た。
”好き”のあたたかさが、冬の寒さをぬくもりに変えてくれた
この空気を感じたいだけだから、長々と歩く必要はない。
折り返して15分ぐらい。ちょうどドリップコーヒーがきれていたからそれを近くのスーパーに買いに行くだけ。そうやって歩くことに理由をつけて、シンシンと寒い空気に触れながらの散歩は特別な時間になった。
あれから1年。
コロナ禍の影響で実家に戻ることとなった私は、去年体感していた気温より温かい温度を感じているはずなのに。「なんでこんなに寒いんだろう…」と、冬の寒さを恨みたくなることがあった。
同じ”寒さ”のはずなのに、どうして違うのか。
そうやって考えたときに、ひとつだけ出た答えがあった。
それは、その街が好きで、そこは”暮らしたい場所”だったから。
きっと寒さよりも住めていることへの”嬉しさフィルター”がかかっていたのだろう。
”好き”のあたたかさが、冬の寒さをぬくもりに変えてくれた。
あの街の冬の景色を描くなら、きっと私はオレンジ色を使ってあたたかみを出すだろう。
そんな冬が私はたまらなく好きだ。