10年近く会っていなかった、小学校の同級生のAと再会した。彼女も私も大学生。私は中学受験をして都内の学校に通ったのもあって、小学校の同級生とはそれまで誰とも連絡をとっていなかった。彼女も中学受験をしたけれど、私よりはみんなと連絡をとっているようで、「Bちゃんは結婚したんだよ」と聞かされた。
 えっ、嘘でしょ。……とは思わなかった。いくら自分が学生の身分でも、同じ年の子が就職していたり、結婚していたり、出産していたりするのは充分理解できた。しかしそのニュースは、私にとって結婚がいかに遠いものであるかを、改めて認識させるものだった。

男性と同棲したいとは思わないけれど、女の子とルームシェアなら

 まず、私には彼氏がいたことがない。大学2年生が終わろうとしている今、これから就活が始まり、卒論が待っている。女子校を言い訳にしてきた私が、それらを言い訳にせずに恋愛できるとは思えない。つまりこのまま、彼氏のいないまま卒業してしまうだろうから、仮に社会人になって彼氏ができたとしても、それは初めての彼氏なのだ。結婚にはいっそう慎重になるだろうから、20代後半、30代に突入してからの結婚という未来は容易に想像できる。
 正直、そこまでがんばるほど、結婚に魅力を感じていないのが現状だ。食事に行ったり旅行をしたりすると、同性のほうが一緒にいて楽だ、と思う。私が魅力的な男性に出会えていないだけかもしれないが、周りの女の子たちは気が利くし、穏やかだし、お互いすっぴんでもへっちゃらだ。私と彼女たちの間にはプライドという壁もない。男性と同棲したいとは思わないけれど、女の子とルームシェアならしたい。

子どもが欲しい。そのための、手続きとしての結婚をしたい

 けれど、それでも私が結婚したいのは、子どもが欲しいからなのだ。そのための結婚。そのために、そろそろ恋愛をしなければならない、と逆算するのである。
 最近、結婚せずに子育てをすることを宣言したタレントがいたが、私と違って既存の枠組みにとらわれない勇気を称えたい一方で、結婚を重要視する自分にも改めて気づかされた。
 私は、自分と一生添い遂げる旦那を求めてはいない。でも、私の子供を一緒に育ててくれる、理想のパパを求めているのだ。結婚は、そこでは、手続きにすぎない。
 そうはいっても、これはあくまで理想論であるのは間違いない。理想のパパ、なんてどう出会えばよいと言うのだろう。理想のパパに出会う旅は、大航海に思えてならない。それでも必死に帆を張って、一刻も早くゴールしなければならない、だって、出産には限界があるから。

「限界」を考える。女性の方が年齢や仕事に縛られてしまうから

 自身の結婚や出産について考えると、最近は何より、その「限界」について考えてしまう。男性はいいな、と。私は自分で言うのもなんだけれど、日本トップクラスの大学で学んでいて、仕事でがっつり稼ぐ、という道はどうにも捨てがたい。職場での立場を確保することまで考えると、出産を前提とした結婚はより遠のいてしまうだろう。その点、男性は、女性よりははるかに長く生殖能力を保つ。男性が年上という組み合わせは珍しくない。男性はキャリアを犠牲にしない選択がしやすい。女性よりも年齢や仕事に縛られないのは言うまでもないだろう。
 結婚は、女性のほうがさまざまな限界におびえなければならない、不平等なもの。それでも私は、子育てのために、結婚を目指す。焦燥感に駆られたそのアンヘルシーさに気付きながら……。