ごめんなさい私が愚かでした不真面目でした。上手く演奏出来なくて恥ずかしいです。穴があったら地球の裏まで落っこちたのち二度と浮上しません。ぽっかり空いた穴には土を放り込んで墓標を立てて下さい。もうこの先やっていく自信がなくなりました。先生の目の前から姿を消しますさようなら。

はずかしい演奏をしてしまった卒業演奏会。懺悔のうめきでいっぱいに

22歳の私の脳内は、通っていた芸術系の大学のホールのロビーで先生を待っている間、懺悔のうめきでいっぱいだった。
それもそのはず、つい先刻の卒業演奏会で私はとても恥ずかしい演奏をしたのだ。
別に、暗譜をふっとばした訳でもない。ミスが多かった訳でもない。
でも他の学生たちが学業の集大成として、それぞれのアプローチで世界を構築しているのに、私だけが学生生活を結実させることもできずに立ち尽くしていた。
一生懸命に指を動かしても音は単なる空気振動のまま、それらが必然性を持って整列し空間を包み込むには至らなかった。
何のために演奏したんだろ。世界が私を受け入れてくれていないような、壁に向かってボールを打っているような、虚無感だけが残った。

大学を卒業したあと、どうするかも決まっていなかった。まだ一人前の演奏家として身を立てられる自信もない。みんな留学しているから、なんとなく留学した方がいいかなって思っている。
でも、総合大学に通っている中学時代の同級生たちは、みんな就活や公務員試験を乗り越えていて、社会人として世界に迎え入れられる自信に満ち溢れている。たまに会う彼らの晴れやかな笑顔が眩しい。私は自分の好きなことに没頭した結果、役に立たない生き物になってしまったようだ。

ずっと音楽と共に生き、その最高峰と言われる大学を卒業するけど

思えば、私はずっと音楽と共に生きてきた。
小学校の頃は、指を怪我しないように球技は全て見学。中学校の体育祭は、コンクールを受けるために欠席。だから卒業アルバムの集合写真は私だけ映っていない。振袖を買うお金は、楽器を買うための貯金に回った。
それを辛いと思ったことはない。お友達と遊べなくても構わなかった。音楽が私を愛してくれていたから。
音楽に没入しているとき、私は世界に受け入れられていると感じていた。
平凡な新興住宅地の学校の中で、優越感もあったのかもしれない。他の人とは違うのだ、私は特別なのだ。だから、こんな場所から早く飛び立ちたい。その一心で日本の最高峰と言われる学校を目指した。
そして、その学校を卒業する時。
そこからの飛び立ち方が分からなかった。

絞り出すように謝る私に、先生の言葉だけが輪郭を持ち耳に届いた 

恥ずかしくて顔を上げることも出来ない私に向かって、先生は一通り講評を下さった。私が手当たり次第に詰め込んだ知識を、どのように表現に繋げるか、基本に立ち返るような助言もしてくれた。
いつも真剣で、時に冷たいことも言う先生の声がやけに優しくて、居た堪れない。
私は「ごめんなさい...あんな演奏をして」と絞り出すように呟くのが精一杯だった。
先生は静かにこちらを暫く観察したのち、
「君が感じている壁なんてこれくらいですよ」
と膝のあたりを手で指し示した。
「一生かけて、この山を私たちは登るのです。まだまだ、入り口に立ったばかりです」
先生の声が、ざわめきの中で唯一輪郭を持って私の耳に届いた。ああ、私は今、自分が出したかった音に限りなく近い音色を聴いている。胸の奥が共鳴するのがわかった。
暗闇を照らす光のような、小さくても確固たる芯を持った先生の声。私が奏でたかった音はこんな音だった。
遠くから聞こえる先生の言葉が、私の行く道を照らす。それは、先生もかつてこの道を通ったからだと思っていいのでしょうか。私が壁を乗り越えられると信じてくれているのでしょうね。その確信に満ちた響きが、涙が出るほど嬉しくて心強いです。

大学を卒業して5年以上、今でも壁にぶち当たることばかり。その度に先生の言葉を思い出す。いつか、私もあの音色を出せる日が来ると信じて。