家賃4.5万円、地上6階、1K。
遠くに海がぼんやりと見えるような、都会でも田舎でもないこの場所が私の20代前半を捧げた部屋だ。

彼は私の中で浄化され、美化され、美しい思い出になっている

意味もなく床に横たわり、見慣れた天井を見つめている。
ここに住みついて7年、たくさんの男性が入っては消え、消えては入っていった。
18歳でこちらに来てから初めて私の部屋に入った同級生の彼は、私にはもったいないくらい優しくて素敵な人で、処女を捧げた人だった。

「誕生日に何が欲しい？」
「本当に欲しいもの言っていいの？・・・・あなたの苗字」
無言で抱きしめられた。

こんな、むずがゆい会話も彼以外とは出来ない。
それでも照れながら嬉しそうに私を抱きしめた、彼の腕の中のあたたかさを私は忘れられない。
もうどうして別れたのかもわからないくらい、彼は私の中で浄化され、美化され、美しい思い出になっている。
そんな彼がずっと頭から離れないのだ。彼が私の部屋のドアを閉めたあの日からもう7年も経つのに。

優しさと申し訳なさと、自分の惨めさに涙が止まらなかった

彼を忘れるために、年上とも年下とも関係をもった。彼らはきっと私のことを愛してくれていたのだろうけど、私の頭の中にはずっと彼がいるのだ。彼ではない男と寝るベッドの中で、何度も泣いた。突然泣き出す私を戸惑いながら抱きしめる男性に、私は「あなたじゃないのに…」と余計苦しくなった。ひどい女だ、私はもっと罵倒されるべきだったのに、彼らはそのあたたかい腕で優しく抱きしめてくれるのだ。その優しさと申し訳なさと、自分の惨めさに涙が止まらなかった。
そんな夜を何度も、何度も越えてきた。

彼が今どこで何を考えて生きているのか、私にはわからない。
この部屋でまた私に笑いかけてくれる気がして、いつかあのドアから愛しい彼が帰ってきてくれるような気がして、私はこの部屋を出られない。
愛された記憶は、ずっと私をこの籠の中に閉じ込める。

私には”普通に付き合う”ことが不可能なのだ。頭の中に彼がいる限り

今年の夏、25歳になった。
周りの友達は普通に結婚して、子供を授かった人もいる。
普通に付き合って、普通に結婚して、普通に子供を授かって、普通に仕事をして、普通にママ友ができて、普通に子育てに悩んで、普通にパートナーと支え合いながら幸せに生きていく。
こんな”普通”な人生を心底羨ましいと思う。
私には”普通に付き合う”ことがもう不可能なのだ。
頭の中に彼がいる限り、何かの拍子に彼との甘い記憶が消えない限り、私に普通の人生を生きる資格は与えられないのだ。

でも、思ってしまった。私はその方が幸せなのではないか、と。
ただ、彼が目の前にいないだけで、彼との柔らかくて甘い記憶を思い出す度に幸せを感んじるし、もう他の男性がこの幸せを超えるという期待を私の中で諦めてしまえば、私は彼がいなくても一生幸せなのかもしれない。

嘘だ。ただの強がりだ。
本当は死ぬほど寂しい。彼が隣にいないから。
彼の代わりになる人はいるのかもしれないが、探し出せる気はしない。

10年越しでも、20年越しでも、いつまでも私はきっと彼をこの部屋で待ち続ける。
あのドアから彼の柔らかい前髪が見えるまで。