思い描いていた「結婚」は、甘いプロポーズに始まり、周りからの溢れんばかりの祝福、互いを思いやる素敵な夫婦……。
羅列すればするほどため息が出るような輝くイメージばかりだった。
あまりにも平凡で、良く言えば平穏な結婚
私は4年前結婚した。大学のサークルで出会った、一つ上の先輩と。背が高い、キリンみたいな穏やかな彼がプロポーズしてくれたのは薄暗いデパートの駐車場だった。「せめて海にしてよ!」と、少し呆れて婚約指輪の入った箱を握ったまま、車で近くの海に向かわせたあの日が懐かしい。たくさんの人に祝福はされたが、忙しい私たちはお互いへの思いやりを忘れることもしばしば、些細な喧嘩はあらゆるタイミングで勃発する。キラキラした婚約、新婚時代かと言われれば多分違う。あまりにも平凡で、良く言えば平穏な、私とキリンの結婚。
結婚2年目で子どもを授かった。大学を出てからそれまで仕事を続けてきた私だったが、子どもを早産で出産し、産後はそのまま育児休暇を取得した。
「育児は忙しい。寝る間もない。」と先輩ママさんたちから聞いていたが、我が子は、それはもうよく寝る子で、家事も捗り、私は一人で家でぼうっとする時間が増えたのだった。泳ぎ続けなければ死んでしまうあの魚のように、私も家に閉じこもっていると苦しいタイプの人間だった。
ある日突然眠れなくなり、少しずつ病んでいった
同じ頃、まわりの友達に勧められて某SNSを始めた。タイムラインには美しい写真が並び、何時間でも眺めていられるようだった。同じ月齢の子どもを持つお母さんの投稿もいくつか見付け、子供が寝た後はそれを眺める毎日だった。
ある日突然眠れなくなった。子供の成長が気になって仕方なくなった。前に進み続ける同期たちの活躍が羨ましくて仕方なくなった。自分が、世の中の人たちが言う理想の母親になれているのか心配になった。
少しずつ私は病んでいき、子どもが1歳になった頃には心療内科にお世話になるようになっていた。行ったり来たりの病状で、浮き沈みの激しい私は、当たったり泣きついたり、あらゆる感情を夫にぶつけたのだった。
私の感情の波は静まったり荒ぶったり落ち着く様子がなかった。きっとこんな妻は嫌だろうなと、何度も夫に謝ったが、そんな中でも彼はいつでも私の不安を一つ一つ聞き取り、言葉にならない気持ちを代弁し、立ちはだかる問題を私の代わりに解消し、いつでも背中をさすってくれた。
平凡な生活の中に、煌めく一瞬がいくつもある
先日、子どもが2歳になった。仰向けで寝ているだけだった小さな生き物は元気に走り回り、立派に「ごはん!ちょうだい!」と自己主張するようになった。私の中の波も、今は小康状態である。
夫は相変わらず穏やかである。食事を摂る姿など、いよいよ草を食むキリンに見えてくる。イケメンと称されるような飛び抜けて美しい容姿も、SNSで見かけるような高級車も持っていないが、公私認めるイクメンとなり、休みの日には安全第一の運転で、子供と私を愛車に乗せて色んなところに連れて行ってくれる。
欲深い私はこれから先も画面の向こうに見える他の人の暮らしを羨むだろう。心のどこかで自分の持つものと比べてしまうだろう。しかし、私の夫は、友人たちがアップした、小さな画面に並ぶ美しく整えられた写真の中にはいない。私の隣で、子供の小さな手を大きな身体を傾けて優しく握って歩いている。
繰り返し言うが、私たちの結婚生活は本当に何の変哲もない。常に光り輝いてるわけでもない。平凡で、良く言えば平穏だ。ただ、その中に、煌めく一瞬がいくつもある。きっとそれが一番なんだよなぁ、と、夫の遺伝子が見事に受け継がれた、我が子の二つあるつむじを見つめながら、一人、心から納得してほくそ笑んでいる。