彼から「会わない?(笑)」と、LINEが来た。
普段ならこんな誘いは、断るようにしている。だって、会いたいなら会いたいなりのルールがあると思う。先に行ってみたい店をいくつかあげるとか、世間話を挟むとか。急に「会いたい」と言われても困る。
ちょっと困らせてやろうと「じゃあ芦屋のケーキ巡りに行きたい」と言った。私はお菓子作りが趣味なので、お菓子の勉強がてらケーキ屋さんを見てまわりたかったのだ。
彼から「いいよ、そうしよう」と返事が来た。
あーあ、ケーキなんて全く興味ないくせに。私が好きなものを聞いても、彼はいつも「特にない」「流行りのもの」しか答えない。
彼からの誘いに「これってデート?」と自問自答する心の中の私
心の中の別の私が囁く。
「これってデートでしょ?相手は期待しちゃってるんじゃない。いいの」
その口に脳内でティッシュを詰め込んで、ベッドから起きる。これはケーキ巡りに行くだけだから、デートじゃない…。
彼と会うために言い訳をしながら着替え、鏡を見る。芦屋に行くなら、服装はお嬢様風だろう。紺色のワンピースにダイヤのネックレス。シンプルな装飾のないカチューシャ。
普段、人との会話は相手の興味に合わせる。音楽が好きなら音楽の話。アニメが好きならアニメの話。ファッションが好きならファッションの話。そんなに喋らない人が相手なら私もそんなに喋らないし、たくさん喋る人なら私もたくさん喋る。
そうすると、相手は勝手に「この人は相性がいい」と勘違いしてくれることを知っていた。
でも、今日は彼の内面が知りたい。だから、自分の好きなものの話もして、彼の本当に好きなものの話も聞こうと決めた。
一緒に歩きながら「彼を好きになれたら良かったのに」と考える
結局ケーキ屋さんを見たのは最初だけで、そのあとは芦屋をぶらぶらとあてもなく歩いた。
「私、お菓子を作るのが好きなんだよね。焼き上がりは幸せな気持ちになる」
「へぇ、女の子らしいね」
「あなたは何か趣味あるの?」
「別にないかな…」
「本当に全然ないの?」
「俺、ミーハーなんだよね(笑)」
キリスト教でもないのに教会に行ったり、海で水切りをしたり、公園を2時間ほどただただ話しながら歩いた。もしかしたら、3時間かもしれない。ずっと話をして歩いていた。私たちの会話は尽きなかった。
気づけば、昼間に行った教会がライトアップされていた。彼が「足が疲れた」と言うので、駅前で座って休憩する。
彼が「彼氏できた?(笑)」と聞いてきた。
知ってた? 私、面白くもない話に(笑)をつける人、好きじゃないのと心の中で思いながら「できないけど色々あったよ」と答えた。
私が立ち上がると彼も立ち上がった。彼の歩調が遅くなる。朝、口にティッシュを詰め込んでやったはずの別の私が「夜ごはん一緒に食べたいんじゃない?」と問いかけてくる。
私はその問いかけを無視する。そんなことはわかっている。ゆっくりゆっくりと歩く彼を、少し立ち止まって待ちながら考える。彼を好きになれたら良かった。恋で盲目になれてしまったら良かった。
彼の好意は嫌と言うほどわかっていたけど…私には応えられなかった
今日の会話を思い出す。私の好きなものの話を性別で片付ける彼。結局好きなものを聞いても何も答えられない彼。
「夜ごはんを母が用意してくれてるから」と嘘をつき、帰りの電車に乗った。
後日、彼から「今度はバッティングセンターはどう?(笑)」とLINEが来た。前より、誘い方が上手いなとぼんやり思う。バッティングセンター、行ったことない。行ってみたい。でも、彼が私を好きだということは、視線や話し方から嫌と言うほどわかっていた。
そして、私が彼を好きになれないだろうことも。
「好きな人がいるから、もう二度と二人では遊びに行かない」と返し、iPhoneの画面を下に向けて置く。好きな人なんて、いないくせに。
私は、きっと恋愛に向いてない。頭まで布団に潜った。