かわいいって言われることが私には当たり前だったし、そうでいたかった。
昔からちやほやされながら生きてきた。「かわいい」「顔が整ってる」そんなこと常日頃言われてきたし、自分でもなんとなくわかってた。
とてもじゃないけど芸能人には足元にも及ばない。でも多分そこら辺の一般人の中じゃそこそこかわいい方なんじゃないかなって。

劇の主役に生徒会長。「かわいい」って言われるために生きていた

だからか人前に立つことが好きだった。幼稚園の頃は劇で主役をやったし、小学校の頃は演劇クラブで3年間、最後の年にはこれまた主役をやったし、学校の総務になったり。中学校では生徒会長を務めた。そして高校生になり身長が伸びた私には今度は「スタイルいいね」という新しい誉め言葉が追加された。
周りに「かわいい」「すごい」「さすが」ってちやほやされることが私にとって最高のご褒美。ずっと音楽しかやってこなくて勉強も運動もできない何のとりえもない私にとって、周りの人にかわいいと言われることだけが幸せ。生きがい。

高校の時、好きな人ができた。他校に通っている昔の同級生。毎朝同じ電車に乗っていたけれど、横にいられる時間はたったの5分、乗り換えるまでの2、3駅だけ。そんな少しの時間のためだけでももっともっと誰よりも可愛くなりたかった。なによりも彼にかわいいって思ってほしくて、彼の一番になりたくて。
そうやってひたすら外見にばっかり意識を向けて生きるのに必死になって。ーーー気付いたら「自分」を見失ってしまっていた。

いつの間にか顔さえコンプレックスに。そんな私に友達がくれた言葉

今思えば私は周りからどう思われるかっていう「他人の目」に取りつかれていたんだ。

その後は周りからどれだけ褒められても複雑な思いを抱くようになり、そのまま高校を卒業、大学生になっていた。
気付いたら笑うことも少なくなり、なんだかんだで自分でも好きだった自分の顔が逆にコンプレックスになってしまっていた。

私って結局何がいいの?
ここをもうちょっとこうしたい。ここも違う。
私、これだけ頑張っているのに何でもっとかわいくなれないの?

そうやってどんどん自分のマイナスな部分が見えていくようになってしまって。自分の存在意義も、個性も、すべて「自分」を見失ってしまっていた。
そんな中、転機が訪れる。ちょっと前まで所属していたサークルで、ある男友達に出会った。とっても仲良くなっていろんなことを話せるようになったある日、自分が今までちやほやされて生きてきたこと、そしてその結果自分自身にコンプレックスをたくさん抱いてしまっていること。悩んでいることすべてを打ち明けた。そしたらこう言われたんだ。

「コンプレックス含めてありのままの自分を愛しなよ」

昔とは違う「かわいい」を抱きしめて

そっか。この気に入らない左目も、むちむちの頬も、ついてしまったそばかすも、今までコンプレックスだと思っていた自分の嫌なところは、見方を変えれば自分にしかない個性だったんだ。
なんだか急に厚い雲が消え去った感じがした。この一言のおかげでずっと長い間悩んできたことがなんだか急にばかばかしくなってしまった。それからというもの、自分自身のコンプレックスを含めて自分を心から好きになろうって思うようになった。
毎朝好きなお洋服を着て髪の毛をくるくる巻いて、大好きなメイクをしてとびっきりかわいくなろうって。でもその「かわいい」はかつてとは違う。他人ウケではなく、ただ単に自分の好きなように、自分が満足いくように。ただそれだけ。

あの時友達が「ありのままの自分を愛しなよ」って言ってくれなかったら今頃自分はどうしていたんだろう。まだ自分の殻に閉じこもって先の見えない真っ暗な中を生きていたのだろうか。
当時の自分に言ってやりたい。「案外コンプレックスもいいもんよ」って。
さあ、今日もまた1日が始まる。昨日の自分よりも素敵な女性になれるように。お気に入りの香水をつけて、とびっきり自分好みの自分に仕上げたら鏡に向かってこう言うんだ。
「今日も私、素敵だよ。かわいいよ。頑張ろうね。」って。
行ってきまーすっ!