何だかどうしようもなく、泣けてくるほど大好きな友人はいないだろうか?
思春期の初恋のように、眩しいほどの憧憬を覚えるような。

「馬鹿だ」と笑われるくらいなら、自分が笑う側に回りたいと思った

 気づいたら斜めにしかものを見れないひねくれ者になっていた。
 昔はそうではなかった気がする。恐らく、中学に入る前は、むしろ箱入り娘に近かったのではないだろうか。
 当然のことのように、人を信じる。誰でも話せば分かり合える。そんな風に、本気で考えていた時期もあった。
何のストレスも感じず、乞えば、乞うた以上の溢れんばかりの愛を、周囲から受けて育ってきた私。
 真綿で包まれるかのように育ってきたこの環境が、決して当たり前ではなかったと知ったのは、中学に入ってからだった。

 そこから、いきなり人生ハードモード。あまりにも一度に、大量の苦難が襲ってきた。
 祖父母と共に暮らすようになったストレス、友人関係でのトラブル、家族の金銭面での問題など。詳しく話すと、日が暮れてしまいそうだ。
 
 人の心は、ビー玉みたいだな。と思うことがある。
 最初は、まあるくて、コロンとしていて、日の光が透けて見えるほど透明で、綺麗だ。
 それが段々、地面に転がり、小さな傷が付き続けると、すりガラスのように表面が濁ってくる。小さな傷が沢山集まれば、一部が欠けてしまう。
 もし、高いところから叩き落されたり、一度にあまりに強い力で踏み潰されれば、粉々に砕けてしまう。

 中学に入ってから、一挙に暗い子供になった。
 無条件で人を信じてきた自分が、急に恥ずかしくてたまらなくなった。
 自分の善意を、「あいつは馬鹿で簡単だ」と周囲にせせら笑われていたと知ってしまったその瞬間。
 「馬鹿だ」と笑われるくらいなら、いっそ自分が笑う側に回りたいと思った。

どうしても、彼女の一番の友人になりたいと思った

 15歳で入学した高校は、都内の高級住宅街のど真ん中にあった。
 辛うじて、ギリギリ東京。といえるほど埼玉に近い私の自宅からは、電車で一時間半掛けて、通わなければならなかった。勿論そこに通う私以外の生徒は、一般水準以上の、所謂お金持ちといえるような家庭の子供が多かった。
 彼らは自分の家庭を、「普通だよ」と言う。彼らは本当にそう思っているのだ。

 自分の中に積りに積もった、劣等感と卑屈な悪意は、爆発しそうだった。
 濁ったビー玉。もう片目を瞑って太陽にかざしても、何にも見えやしない。

 そんなときに、出会ったのが彼女だった。
 私という人間の正体も知らない彼女は、極々自然に私に笑いかける。
 卑屈さの塊のような私は、彼女のことさえ最初は斜めに見ていた。
 「ああ、随分といい家庭に育ったお嬢さんなのね」「この時代にお母さんは専業主婦?」

 しかし、段々とその印象は変わってくる。
 私とは違う。優しくて、ユーモアがあって、聡明で、気が利いて、それでいて控えめで、明るくて、すごく温かい。誰もが光に吸い寄せられるように、彼女の傍にいたがった。
 私は途端に彼女が欲しくなった。どうしても、他を押しのけてでも、彼女の一番の友人になりたいと思った。そのためには、涙ぐましいほどの努力をした。

 彼女に見合う人になりたいと思った。
 彼女ほど、穏やかに、人の心に寄り添えるわけではなくとも、少なくとも、彼女が自慢できる友人の一人になりたかった。

 私は生粋のハングリー精神を持った人間。今では胸を張ってそう思える。政府の奨学金制度に2度も合格して、留学に行ったし、留学先では探求心のままにスラムに住んだこともある。自分のやりたい事の為には、努力を惜しまないし、何より、自分自身でその機会を勝ち取ってきたという自負もある。

成長してあなたに誇れるような、そんな友人になりたい

 21歳の夏。久しぶりに彼女に再会した。
 何一つ変わらない彼女の隣は、相変わらず居心地が良かった。

 その時ふと、彼女と共通の友人の話になった。
「ああそう言えばあの子、大学辞めてダンサーになるって言ってるんでしょ?」
 先に話を振ったのは私だった。思えば、この時点で、私の言葉は悪意に満ちていた。

 “あの子”と言うのは、私と彼女の共通の友人で高校の同級生。
 私より彼女の方が、“あの子”との親交は深く、二人で海外旅行に行くほどの仲だった。
国の奨学金を勝ち取って留学に行った私に対して、親のお金で応募者全員参加のオーストラリアの短期留学に行っていた“あの子”。
 高校の時に押さえつけたはずの卑屈の虫が、ぐうぐうと声を上げる。

「うん、一生懸命やっているみたいだよ」と、彼女。
「へーそうなん。」と私。
「でも、別に大学辞めても、親が何とかしてくれるもんね。ボンボンだし」
 私がそう言った時、俯いてパスタをフォークに巻いていた彼女が顔を上げた。
「それは違うよ。あの子、一人っきりで、一生懸命頑張ってるんだよ。本当にダンスが好きだから、バイト何個も掛け持ちして、頑張ってる」

 彼女は、私の目を真っすぐに見て、そう言った。瞬間、頭が真っ白になった。

 自分が言い放ったまるで呪詛のような言葉が未だに信じられない。

 何より、私は分かっていたはずだった。
 インスタで見かけるあの子が、毎日毎日、飽きるほど練習を繰り返していたこと。高校の時から、何よりダンスが大好きだったこと。
 自分が何にも知ろうともせず、表面的に彼女を嘲笑したこと。

 真っすぐに、ただ一生懸命な人を、「馬鹿だ」と笑うことが、どれほど最低な行為なのか。自分がそれをされた時、どれほど心が痛んだのか。

 ごめんなさい。
 決して伝えることはできないけれど、心の底から謝りたい。もう半年も前のことなのに、私は毎日毎日思い出しては、胸をかきむしりたくなるほどの後悔に襲われる。

 彼女は、それ以降その話題には一切触れないし、恐らくもう忘れてしまっているだろう。
 何も事情を知らない“あの子”に、わざわざ謝るのも何かが違う。

「傷が付きすぎて濁ってしまったなら、また熱してドロドロに溶かしてしまえばいいじゃない」
 留学先で出会ったフランス人の友人はそう言う。

 「それでまた新しく作り直せばいいのよ。そうしたら、形は歪でも、濁りのない綺麗なビー玉ができるわ。」

 “あの子”へ
 本当にごめんなさい。

 彼女へ
 また、成長してあなたに誇れるような、そんな友人になりたいです。